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朝の教室の空気が、昨日までと違う。……いや、違うんじゃない。
俺が違って見えてるだけだ。
「おはよー」と誰かが声を上げた瞬間、
後ろの方で小さく笑いが漏れた。
俺を見たわけじゃない──たぶん。
でも、笑いの音の形が、昨日の教室に響いた声と同じだった。
耳が勝手にそれを結びつける。
机につく前から、視線が刺さっている。
真っ直ぐじゃない、横目。
あえて目を合わせないくせに、俺を通り過ぎるときだけ小さな笑い声が漏れる。
「……あれ、あの顔じゃね?」
「マジだったんだ」
「動画、消さないでよ。いつでも見れるようにしときたい」
声は抑えているつもりらしいが、俺の耳には全部届く。
言葉の輪郭が、皮膚の下に入り込んで、血を混ぜるみたいに染み込む。
席に座ると、机の中に紙切れが入っていた。
「またやろーね♡」とマジックで書かれた字。
誰が書いたかはわからない。
けど、あの「♡」の位置が微妙にズレてる感じまで、妙に生々しくて気持ち悪い。
一時間目の授業中、後ろからスマホのシャッター音が何度も鳴った。
振り返らなくても、俺の後頭部や耳の形、うつむいた姿勢が切り取られていくのがわかる。
昨日の続き。延長戦。
「これが俺の毎日」だって、映像が証明してくれる。
授業が終わった瞬間、担任が近づいてきて、
「お前、最近ちょっとクラスの雰囲気壊してるぞ」
それだけ言って去った。
何をどう壊してるのか、説明もなく。
壊してるのは、俺じゃない。
でも、この口からはもう何も出せない。
昼休み、購買に行こうとしたが、入口の前で足が止まった。
そこにいた何人かが、俺を見るなりスマホを向けて笑った。
「ほら、本人登場」
俺が通り過ぎたあと、背中越しに「昨日のあれ、マジでヤバかったな」という声が追いかけてきた。
俺の「昨日」が、俺以外の誰かの笑い話になって、
何度も再生されて、保存されて、消えなくなっていく。
家に帰っても、それはきっと止まらない。
スマホを開かなくても、通知音が耳の奥で鳴り続ける。
机に突っ伏したまま、息を殺して耐える。
……でも、息を殺すたびに、昨日の感覚が蘇ってくる。
あの冷たい金属の感触、指先の震え、笑い声。
忘れようとすると、余計に鮮明になる。
俺は、もう昨日と今日の境界がわからなくなっていた。