洗面所で指先を押さえ、必死に止血していた遥。血で濡れたタオルを流しに突っ込んだ瞬間、背後から声が落ちた。
「……何やってんだ?」
振り向くと、颯馬が立っていた。冷めた目で遥の手元を見下ろしている。
タオルに染み込んだ赤、震える指。
「また何かやらかしたんだろ。ほら見せろよ」
強引に腕を掴まれ、隠していた指先を晒される。爪の剥がれた痛々しい傷口に、颯馬は鼻で笑った。
「ははっ……マジでバカだな。そんなボロボロになるまで、何してんだよ。いや、違うな……何されてんだ?」
遥は声を出せなかった。震えながら首を横に振る。
「……黙るってことは、認めてるようなもんだろ」
その瞬間、颯馬は台所に向かい、ヤカンに手を伸ばした。
「どうせなら消毒してやるよ。熱いのが一番効くんだってさ」
耳障りな沸騰音。
遥の心臓が跳ねた。
「や、やめろ……やめてくれっ!」
腕を掴まれ、逃げられない。次の瞬間、沸き立つ熱湯が指先に浴びせられた。
「――――っっああああああああああああああっ!!!」
皮膚が焼ける感覚に、遥の喉から悲鳴が裂けた。
身体が勝手に暴れ、涙と涎がぐちゃぐちゃに流れ落ちる。
「おお、いい声出すじゃん。ペットの鳴き声みたいで笑えるな」
颯馬は楽しそうに笑いながら、さらに残りの湯をじわじわと垂らす。
「なあ、熱い? 痛い? でもさ、それくらいで泣くなら、最初から隠すなよ。俺に隠し事とか、許されると思ってんの?」
遥はただ必死に首を振り続ける。
「ごめっ、ごめんなさい……っ! やめてっ……熱っ、熱いっ!」
床に血と湯が混じって広がり、滑るように膝をついた。
体中が震えて、声にならない嗚咽が漏れる。
「情けねぇな。どうせお前なんか、傷だらけで生きててもゴミなんだし。ほら、もっと鳴けよ。俺が飽きるまで」
颯馬の言葉は、熱湯より鋭く心をえぐった。
遥はただ、焼ける指先を抱えて泣き叫ぶしかなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!