テラーノベル
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翌朝。
熱は下がりきっていなかった。
身体は重い。
頭もぼんやりする。
それでも、学校へ行かないという選択肢は遥にはなかった。
制服に袖を通し、鞄を肩へ掛ける。
鏡を見ることはしない。
見ても何も変わらないからだ。
教室の扉を開ける。
一瞬だけ、何人かの視線が集まる。
すぐに逸れる。
と思った次の瞬間。
「来た」
誰かが笑う。
「昨日、保健室だったらしいじゃん」
「大丈夫? ……って聞いた方がいい?」
最後の一言は、心配ではない。
周りから笑いが漏れる。
「結局サボれた?」
「いい身分だよな」
「俺も倒れようかな」
遥は返事をしない。
机へ向かい、静かに鞄を置く。
椅子を引く。
座る。
それだけ。
その態度が気に入らないのか、一人が机を軽く蹴った。
「無視?」
机が小さく揺れる。
教科書が机から落ちた。
遥は何も言わず、それを拾う。
「反応薄いな」
「つまんねぇ」
笑い声。
その空気を壊すように、教室の後ろの扉が開いた。
日下部だった。
教室を見回し、遥へ視線が止まる。
その一瞬だけで十分だった。
「また来た」
「毎日見に来るじゃん」
「保護者?」
からかう声が飛ぶ。
日下部は相手を見ない。
そのまま遥の席まで歩いてくる。
「熱」
短く聞く。
「下がった」
「嘘だな」
「……下がった」
「顔色で分かる」
遥は視線を合わせない。
「平気」
「その言葉しかねぇのか」
「平気だから」
言い切る。
少し強めの口調だった。
日下部は黙る。
その沈黙を周囲は面白がる。
「喧嘩?」
「振られた?」
「朝から重いって」
笑いが広がる。
遥の肩がわずかに強張る。
やめてほしい。
ここで話せば話すほど、面倒になる。
日下部も、それは分かっていた。
だから言い返さない。
ただ、遥を見る。
「保健室行け」
「行かない」
「行け」
「行かない」
「熱あるだろ」
「ない」
即答だった。
日下部は小さく息を吐く。
「……分かった」
それ以上は押さない。
その代わり、最後に一言だけ残した。
「しんどくなったら、一人で我慢すんな」
そう言って教室を出ていく。
静かになった教室で、誰かが鼻で笑う。
「何なんだ、あいつ」
「世話焼きすぎだろ」
「そこまでされる理由ある?」
遥は教科書を開く。
文字が目に入らない。
胸の奥だけが落ち着かなかった。
日下部が何も言い返さなかったこと。
あえてその場を長引かせなかったこと。
その全部が、遥には苦しかった。
放っておいてほしい。
そう思う。
なのに、本当に放っておかれたら、それはそれで苦しくなる。
そんな自分が、一番分からなかった。
コメント
1件
第37話、読み終えました。熱があるのに学校へ行く遥の頑なさと、それを見抜いて「一人で我慢すんな」と言い残す日下部くんの距離感が、本当に切なくて胸に迫りました。クラスメイトの冷やかしに何も言い返さず去る日下部の優しさと、それに気づきながら素直になれない遥の心情…「放っておいてほしいのに、放っておかれたら苦しい」という一文に、思春期の繊細な感情がぎゅっと詰まっていて、何度も読み返してしまいました。続きが気になります。素敵な作品をありがとうございます🌷