テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
相談室のドアは、控えめにノックされてから開いた。
入ってきた相談者は、少し所在なさげに立ったまま、椅子を見てから腰を下ろした。
「友達のことで……」
声は小さかったが、迷いはなかった。
「前は、普通だったんです」
相談者は床を見ながら言った。
「一緒に帰ったり、休み時間に話したり。
特別仲良しってほどじゃないけど、
自然に一緒にいる感じで」
遥は黙って聞いている。
「でも、最近……誘われなくなりました。
遊びとか、放課後とか。
気づいたら、終わったあとに話を聞く側になってて」
相談者は一度、言葉を切った。
「グループから外された、ってほどじゃないんです。
話しかけたら、普通に話してくれるし。
無視されるわけでもない。
ただ――」
指先が、ぎゅっと握られる。
「“最初から数に入ってなかった”みたいな感じがする」
遥は、少しだけ目を細めた。
「何か、きっかけはあった?」
相談者は首を振る。
「思い当たらないです。
喧嘩もしてないし、
変なこと言った覚えもない。
だから余計に、
自分の何がダメだったのか分からない」
声が少しだけ揺れた。
「俺、知らないうちに、
空気悪くしてたんでしょうか」
遥は、すぐには答えなかった。
「“理由が分からない”って状態が、いちばんしんどい」
相談者は顔を上げた。
「はい」
「理由があれば、直せるし、諦めもつく。
でも何も分からないまま距離ができると、
全部自分のせいにしてしまう」
相談者は、ゆっくりうなずいた。
「最近、話しかけるのも怖いです。
変に思われたくないし、
“今さら?”って思われそうで。
だから、待ってるだけになりました」
遥は静かに言った。
「待つ側になると、
自分の居場所が相手次第になる」
相談者は、少し驚いたように遥を見る。
「それ、きついだろ」
「……はい」
「誘われない理由が“嫌いだから”とは限らない」
遥は淡々と続ける。
「人は、距離を詰めるのが面倒になることもある。
誰かが悪いわけじゃなく、
ただ関係が緩むこともある」
相談者は、納得しきれない顔をした。
「でも、それって……切り捨てられたみたいで」
「そう感じるのも自然だ」
遥は否定しない。
「ただ、“誘われない=価値がない”じゃない」
相談者は唇を噛んだ。
「頭では分かってるんです。
でも、放課後に一人で帰ると、
やっぱり考えてしまう。
俺って、いてもいなくても同じだったのかな、って」
相談室に、しばらく沈黙が落ちた。
遥は、その沈黙を壊さずに言った。
「友達関係って、
努力して維持するものでもあるけど
無理してしがみつくものじゃない」
相談者はぽつりと聞いた。
「じゃあ、俺はどうしたらいいですか」
「二つしかない」
遥の声は低く、落ち着いていた。
「自分から、少し踏み出すか。
それができないなら、
今の距離を“失敗”だと思わないこと」
相談者は目を伏せた。
「踏み出して、
本当に距離感じたら、怖いです」
「怖いなら、無理にやらなくていい。
友達は、
一つの関係だけじゃない」
相談者は、ゆっくり息を吐いた。
「俺、ずっと“前と同じに戻さなきゃ”って思ってました」
「戻らなくていい」
遥ははっきり言った。
「変わったなら、
変わったままで考えればいい」
相談者は立ち上がり、少しだけ表情を緩めた。
「……誘われなくなったこと、
俺の全部じゃないですよね」
遥は一度だけうなずいた。
「全部じゃない」
ドアが閉まる。
相談室には、また静けさが戻った。
関係が終わったわけでも、続いているわけでもない。
その曖昧さこそが、人をいちばん不安にさせる。
それでも、名前をつけなくていい距離も、確かにある。