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日下部の相談室2

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日下部の相談室2

64 - 第64話 このまま大人になるのが、怖い

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2025年12月19日

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相談室のドアは、いつもより静かに閉まった。

日下部は、その音だけでなんとなく察した。


「……座れば」


「うん」


椅子に腰を下ろしても、相手はすぐに話し出さなかった。机の端を指でなぞっている。


「……大人になるの、怖くない?」


少し遅れて、日下部が顔を上げる。


「急だな」


「今、急に来た」


「そう」


それ以上は言わず、続きを待つ。


「さ、このまま時間が進んで、勝手に年だけ増えてさ。ちゃんとした人間になれてないのに、大人扱いされるのが」


「……うん」


「“自己責任”とか、“もう子どもじゃないんだから”とか言われる未来が、もう見えてて」


言葉にするうちに、相手の声が少しだけ荒くなる。


「今ですらこんななのに、逃げ場なくなる気がして」


日下部は一度、視線を落とした。


「大人って、完成形みたいに言われるよな」


「そう。ちゃんとしてて、割り切れてて、強くて」


「実際はバラバラだけどな」


「それでもさ」


相手は食い下がる。


「周りは進んでくじゃん。将来の話とか、夢とか、現実的な進路とか」


「置いてかれる感じ?」


「うん。しかも、自分から歩いてないのに」


日下部は少し考えてから、口を開いた。


「大人になるのが怖いってさ」


「うん」


「“変わらなきゃいけない”って思ってるからじゃないか」


「……変わるでしょ。普通」


「変わるけど、全部じゃない」


相手は眉を寄せる。


「何が残るの」


「怖がる感覚とか」


「最悪じゃん」


「最悪だな」


日下部は否定しなかった。


「でも、それ消えたら多分、無理してる」


沈黙が落ちる。


「……じゃあ、大人って何」


「知らない」


「即答?」


「即答」


相手は思わず笑いかけて、途中で止めた。


「相談してるのに」


「俺も高校生だし」


「それはそうだけど」


日下部は少し姿勢を直す。


「俺が思うのはさ」


「うん」


「大人になるって、“怖いまま選ぶ回数が増える”だけだと思う」


「……それ、救いある?」


「正直、あんまない」


「だよね」


「でも」


日下部は続けた。


「怖いって言える場所があるなら、まだマシ」


「言えなくなったら?」


「それは、ちょっと危ない」


相手は黙って頷いた。


「……今のままじゃダメかな」


「ダメって誰が決めた」


「世の中」


「雑だな」


日下部は小さく息を吐いた。


「完成してから大人になるわけじゃない」


「じゃあ」


「未完成のまま年取るだけ」


「……それ、怖いよ」


「怖いな」


同意するように、日下部は言った。


「でも、怖いって分かってるやつの方が、変な大人にはなりにくい」


「希望、薄いな」


「薄い」


それでも、相手の肩から少し力が抜けたのが分かった。


「……また来ていい?」


「来れば」


「大人の話、続き聞きたい」


「進展ないかもしれないぞ」


「それでもいい」


ドアが閉まる。


日下部は一人になってから、しばらく椅子に背中を預けた。

自分も同じことを、考えていないわけじゃない。


このまま大人になるのが怖い。

その感覚だけは、たぶん、置いていかれない。

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