テラーノベル
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相談室のドアは、途中まで開いて止まった。
日下部は顔を上げる。
「……入る?」
「あ、うん」
相手は小さく頷いて、ゆっくり椅子に座った。鞄を足元に置く動きが、妙に慎重だった。
「親さ」
前置きもなく、そう切り出される。
「“親なんだから分かる”って言うじゃん」
「言うな」
「それがさ、重い」
日下部はすぐに否定も肯定もしなかった。机の上に置いたペンを少しずらす。
「何が一番?」
「全部」
即答だった。
「期待も、正論も、心配も。全部“親なんだから”でまとめられると、逃げ道なくなる」
「……反論できないやつだな」
「そう。だって親だし、って言われたら終わりじゃん」
相手は膝の上で指を組み、ほどいて、また組んだ。
「感謝しなきゃいけないのも分かってる。育ててもらってるし、心配してくれてるのも本当だし」
「うん」
「でもさ、苦しいって言っても、
”親なんだから分かってる””心配してるだけ”って返される」
日下部は眉をひそめた。
「それ、話噛み合ってないな」
「だよね。でも向こうは正しい顔してる」
「正しい顔、か」
「だから言えなくなる。嫌だとか、つらいとか」
少し間が空いた。
「……俺がわがままなのかなって思う」
日下部は椅子にもたれ、天井を一度見たあと、視線を戻す。
「わがままってさ」
「うん」
「言われる側が決めるもんじゃないと思う」
「親は違うって言う」
「親は親の立場で言ってるだけだ」
相手は少し驚いたように日下部を見る。
「そんなふうに言うんだ」
「事実だろ」
「でも、親って絶対みたいなとこあるじゃん」
「あるな」
否定しなかった。
「だから余計に厄介」
「……どうすればいいんだろ」
日下部はすぐに答えなかった。
少し考えてから、言葉を選ぶ。
「“分かってもらおう”って思いすぎない」
「それ、諦めろってこと?」
「違う」
日下部は首を振る。
「全部理解される前提で話すと、ぶつかる」
「……」
「“親なんだから”って言葉が出るとき、向こうも余裕ないこと多い」
「でも、それをこっちが背負うの?」
「背負わなくていい」
静かに言った。
「背負わない代わりに、距離を調整する」
「距離?」
「全部言わない。全部分かってもらおうとしない」
相手は少し考え込む。
「それって、逃げじゃない?」
「逃げでもいい」
「え」
「壊れるよりは」
日下部の声は強くも優しくもなかったが、迷いはなかった。
「“親なんだから”って言葉は便利すぎる」
「……うん」
「便利だから、雑に使われる」
沈黙が落ちる。
「……親を嫌いになりたくない」
ぽつりと落ちた言葉に、日下部はすぐ返さなかった。
「嫌いにならないために、距離取るのもありだと思う」
「そんな考え方、したことなかった」
「親子だからって、密着しすぎる必要ない」
相手は少しだけ、肩の力を抜いた。
「……ここでそんなこと言われると思わなかった」
「期待しすぎ」
「それはそう」
小さく笑ってから、相手は立ち上がった。
「また来ていい?」
「来れば」
ドアの前で一度立ち止まる。
「……“親なんだから”って言葉、嫌って思ってもいい?」
「いい」
即答だった。
「思うなって方が無理だ」
ドアが閉まる。
日下部はしばらく、その静けさの中にいた。
正しさだけで成り立つ関係なんて、たぶん、どこにもない。
親であっても。
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