校庭での作業を終えた直後、椿は笑顔を崩さずに言った。
「じゃあ、次は教室でちょっとだけ面白いことやろうか」
遥は何の疑いもなく頷いた。信じている――椿が友達だから、遊びに誘ってくれたから、何か楽しいことだと思ったから。
しかし、教室に入ると空気は一変した。いつもの数人のクラスメイトが待ち構え、椿の隣にはにやにやした笑みを浮かべる顔があった。
「やっと来たか、雑巾くん」
「こっちに来いよ、手早くやれ」
遥は一瞬、言葉を失った。信じていた椿が、自分を嘲笑う人たちと手を組んでいたのだ。
身体が固まる。膝に力が入らない。
「お前、さっきの校庭みたいに、ここもきれいにしてくれよ」
椿は無邪気に、しかし確実に羞恥心を煽るように命じる。
周りの生徒たちが囃し立てる。
「おー、やっぱり使えるな、雑巾くん」
「犬みたいに床舐めろよ」
遥は必死で手を動かし、膝で擦り、顔を近づけて掃除を続ける。口や頬を床に押しつけられ、手も舌も使って。息が荒くなる。羞恥と屈辱、痛みが全身を駆け巡る。
「は、はぁ……」
小さな声がもれ、震える唇を自分で抑える。嗤い声と指示が重なり、頭の中でぐちゃぐちゃに絡まる。
椿は手を叩き、さらに声を張る。
「もっと丁寧に拭けよ、雑巾くん。手抜きは許さないぞ」
「そうそう、その調子。さすが俺の信頼できる相棒」
遥は信じていた友情を、痛々しい形で踏みにじられた。自分がしていることは、遊びや善意ではなく、ただの集団の嘲笑と羞恥の道具だった。
クラスメイトは順番に小さな命令を重ね、椿の指示に従いながら遥を弄ぶ。
「顔も床につけろ」
「こっちも舐めて拭け」
嗤い声、命令、身体的圧迫が連続する中で、遥はただ必死で言われた通りに動くしかない。信じたものが残酷に裏切る――その痛みと羞恥は、過去の虐待やいじめよりも深く心を刺す。
最後に椿が笑顔で言った。
「よくやったな、雑巾くん。でも、これからもまだまだ面白いことやらせてもらうからな」
遥は床にうずくまり、肩で荒く息をする。信じた友情は、文字通り足元から崩れ去った。顔や舌、手で床を拭きながら、心の奥で自己否定が渦巻く。
「俺は……俺は、何でいつも……」
誰も助けてはくれない。椿とクラスメイトが作り出す地獄の中、遥は一人、痛々しい現実と向き合っていた。
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