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夕方が近づき、祭りの熱が少しだけやわらいだ頃だった。白群リゾートの担当者が、再び花屋の受付前へ現れた。
午前中の整った笑顔は消えている。代わりに、見誤った数字を計算し直している人間の顔があった。
「少し、お時間をいただけますか」
オブラスがすぐに前へ出る。
「ここでどうぞ」
閉じた場所へ入らないという意思表示だった。担当者もそれを理解したらしく、通りの隅、受付から見える位置で話を始めた。
「本日の集客、回遊、購買転換については、こちらも十分に確認しました」
丁寧すぎる言葉の選び方が、かえって苦い。
「正直に言えば、想定を上回っています」
ノイシュタットが口の端だけで笑った。
「誉め言葉として受け取っていいのかな」
「現時点では、事実です」
担当者はひと呼吸置いてから続けた。
「再開発案については、即時の推進を見直します」
通りにいた数人が、思わずこちらを見る。
けれど、その次の言葉で空気はまた張った。
「ただし条件があります。今後一年、商店街側で自立運営の計画を示せるなら、です。単発の催しではなく、月次の収支、共同運営体制、各店舗の維持計画まで含めて」
上から目線だった。
引っ込めると言いながら、試験のように条件を並べる。その物言いに、ハヤの指先が少し冷える。
けれどオブラスは眉ひとつ動かさなかった。
「骨子なら、今ここで答えられます」
担当者がわずかに目を見開く。
オブラスは携えていた紙束を一枚ずつ抜き出した。祭り当日の売上だけではなく、受付窓口の常設化、花屋と焼き菓子店を軸にした回遊商品の継続、冬場の配達需要、共同在庫管理、催しの季節ごとの縮小開催案。
数字は派手ではない。
その代わり、地面に足がついていた。
「一年後に急成長はしません」
オブラスは淡々と言う。
「ですが、名を失わずに続く形なら示せます」
担当者は紙を受け取り、しばらく黙った。通りの向こうではまだ笑い声がしている。ここだけ別の温度だ。
「……検討します」
やがて彼はそう言った。
撤退とは言い切らなかった。だが、以前のように押し切れると思っていない声だった。
担当者たちが去ったあと、ドゥシャンが息を吐く。
「いまの、勝った?」
「勝負はこれからです」
ジョンナが言う。
「でも道は残った」
ハヤが続けると、オブラスは小さくうなずいた。
通りに置かれた灯りが、夕方の色を受けはじめる。
白群に条件を出されたこと自体は、腹立たしい。それでも、上から閉じられるだけだった昨日までよりは、ずっとましだった。
自分たちの一年を、自分たちで示せる。
それは、檻ではなく道だ。
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