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放課後の教室。
窓の外は淡い夕焼けに染まり、黒板の影が長く伸びていた。
遥は、片付けもせず席に残っていた。
理由なんてなかった。
ただ、立ち去る気になれなかった。
廊下から、微かな笑い声が聞こえる。
──蓮司の声だ。
もう一つ、小さく混じる。
日下部。
胸がざわめいた。
あの声が一緒に響くたび、心臓が変なリズムで打つ。
立ち上がり、窓際まで近づく。
廊下の奥。
蓮司が壁にもたれ、日下部と向かい合っていた。
その距離が、あまりに近い。
蓮司の手が、軽く肩に触れた。
笑いながら何かを囁く。
日下部は表情を動かさないまま、ほんの一瞬だけ視線を伏せた。
──その仕草が、痛かった。
「やめろよ……」
思わず、声が漏れた。
けれど誰にも届かない。
廊下の喧騒の中に、呑み込まれていく。
遥は拳を握った。
息を吸うたび、胸が軋む。
あのときと同じだ。
また、自分が見ている間に、誰かが壊される。
今度こそ止めなきゃ。
でも、どうやって?
何をすればいい?
声をかけたら、また全部、あの時みたいになる。
それでも、黙っていられなかった。
教室を出て、足音を殺して近づく。
蓮司の後ろ姿が見えた瞬間、体が勝手に動いた。
「やめろ」
掠れた声だった。
蓮司がゆっくり振り向く。
その笑みは、まるで待っていたようだった。
「……またお前か。ほんと、律儀だな」
「日下部に近づくな」
「近づくな? 俺たち、話してただけだよ」
「お前が話すと、誰かが壊れる」
一瞬、蓮司の目が細くなった。
そして、ふっと笑う。
「壊れるのは、最初から弱い方だけだろ」
その言葉が、空気を裂いた。
遥の中で、何かが切れる。
「じゃあ俺を壊せばいい。俺だけにしろ」
その声には、怒りよりも祈りのような響きがあった。
蓮司が一歩、距離を詰める。
「……お前、ほんと変わらないな。
守ることでしか生きられない」
その声が、やけに静かだった。
まるで哀れみのように。
日下部は何も言えずに立っていた。
その沈黙が、いちばん苦しかった。
──また、同じことを繰り返してる。
守るたび、誰かを壊す。
それでも、止まれなかった。
遥は自分の胸に爪を立てるように、息を詰めた。
「俺が代わりになる。だから、もう――」
声が途切れた。
喉が、音を拒んだ。
蓮司はただ笑い、歩き出す。
「……いいね、その顔。
やっぱ、お前ら似てるよ。壊れ方が」
残された静寂の中で、
日下部は拳を握りしめたまま、目を逸らした。
その顔には、怒りでも涙でもなく、
ただ、深い疲労が沈んでいた。
──遥は、もう分かっていた。
これは「守る」じゃない。
自分が赦されたいだけの、繰り返しだ。
それでも、止められなかった。
止めたら、何も残らなくなる気がしたから。