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再度、男に会うことになったのは、彼の要望だった。
「話せることが、まだある気がして」
電話口でそう言われ、真琴は一度だけ確認した。
警察に提出した供述と変わらない内容になる可能性が高い。
それでもいいかと聞くと、男は即座に「はい」と答えた。
面会は探偵社ではなく、男の住むアパート近くの喫茶店になった。
人目があり、静かで、余計な緊張を生まない場所。
真琴と玲、そして澪が同席した。
燈は外回りの確認に出ている。
男は、前回と同じように落ち着いていた。
背筋を伸ばし、コーヒーを両手で持つ。
「改めて聞きますね」
真琴は柔らかく切り出した。
「当時の気持ちについて」
男は頷く。
「混乱していました。仕事のことで、余裕がなくて
一時的に、判断を誤ったと思います」
語り口は滑らかだった。
淀みがなく、言葉を探す様子もない。
玲が続ける。
「被害者の方と、個人的な関係は?」
「ありません」
即答だった。
「恨みや、怒りは?」
「ありません」
澪は、男の顔を見ていた。
視線は安定していて、逸れない。
声の調子も、一定。
「……怖くは、なかったですか」
澪が、少し間を置いて聞いた。
男は一瞬考えたように見えたが、すぐに答える。
「怖かったと思います。後になってからですが」
「そのときは?」
「……よく、覚えていません」
それは、自然な答えだった。
記憶の空白。
衝動的な行動のあとに、よく出てくる。
真琴も、玲も、深追いはしなかった。
だが、澪だけが、ノートに何も書かなかった。
話は一時間ほどで終わった。
男は丁寧に頭を下げ、店を出ていった。
残された三人は、しばらく無言だった。
最初に口を開いたのは玲だった。
「供述内容に、矛盾はありません」
「そうね」
真琴も同意する。
「前回と、ほとんど同じ」
「感情表現も、一貫しています」
「一貫しすぎてるけどね」
燈が遅れて合流し、椅子に腰を下ろした。
「で?」
「何も出なかったわ」
「だろうな」
燈は肩をすくめる。
「でも、変だ」
真琴が聞き返す。
「どこが?」
「全部だよ」
燈は机に指を置いた。
「怖かった、反省してる、衝動だった。
それっぽい言葉は全部ある」
「なのに?」
「なのに、当事者感がない」
玲が小さく頷いた。
「感情が、行為に結びついていない」
澪は、ようやく口を開いた。
「彼は、自分の話を、説明しているだけ」
三人が澪を見る。
「後悔している“人”じゃなくて
後悔している“設定”を話しているみたいだった」
言葉を選びながら、澪は続ける。
「何かをしてしまった人はどこかで、話が崩れる。
順序が前後したり、言葉が強くなったり、弱くなったり。
でも、彼は、一度も、揺れなかった」
燈が舌打ちする。
「つまり。本人が作った説明じゃない?」
玲は即答しなかった。
「可能性はあります。ただし、裏付けはありません」
真琴がまとめる。
「現時点では“問題のない自白”よ」
それが、探偵社としての結論だった。
その夜。
伊藤は、戻ってきた資料を静かにファイリングしていた。
「再面談、どうだった?」
「特に変わりはなかった」
真琴が答える。
「そうか」
伊藤は穏やかに微笑んだ。
「説明が揃っているのは
本人にとっても、救いだろう」
澪は、その言葉を聞き流さなかった。
救い。
誰にとっての?
伊藤は資料を閉じる。
「この件は
予定通り、まとめられそうだな」
澪は何も言わなかった。
ただ、ノートを閉じる指先が、わずかに止まった。
感情が合わない。
それは、違和感ではなく、欠落だった。
そして、欠落は――
誰かが、意図的に作ることができる。
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