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揚いなり
810
その日、授業が終わるころには、空は鉛色の雲でいっぱいになっていた。
「やべ、傘持ってねぇ……」
下駄箱で空を見上げた大地は、肩をすくめて笑った。
「バカだな。天気予報見ろよ」
すぐ後ろから隼人が声をかける。黒い折りたたみ傘を片手に持ちながら、いかにも準備万端という顔だ。
「まあまあ。濡れたら乾かせばいい!」
「アホか」
呆れた声を背に、大地はそのまま外へ飛び出した。
――数分後。
「さ、さぶっ……!」
土砂降りに打たれた大地は、制服が肌に貼りつくほどびしょ濡れになり、商店街の軒下に駆け込んだ。
「やっぱり無理! 自然乾燥不可!」
両手を広げて全身から水を滴らせる姿は、もはや芸人だった。
「ほら見ろ」
息を切らして追いついた隼人が、ため息をつきながら隣に立つ。
「風邪ひくぞ。……入れ」
そう言って差し出したのは、自分の傘。
「えっ、いいのか?」
「仕方ねえだろ。……二人で入るしかねーけど」
隼人が少し目をそらした。
「おお! なんかラブコメっぽい展開!」
「ラブコメじゃねーし!」
「おっと、今の顔赤いな?」
「赤くねぇ!」
結局、大地は隼人の肩にぴったり寄り添う形で歩くことになった。体温がじんわり伝わってきて、隼人の心臓はやたらとうるさい。
「……ちょっとは静かにしてろ」
「おっけー! じゃあ替え歌でも歌うわ!」
「それが静かか!」
笑い声を混じらせながら歩く二人。だが突然、大地が立ち止まった。
「どうした」
「……ほら」
大地の視線の先、傘の骨に引っかかっていたのは小さなカタツムリだった。
「お、雨の守り神だ!」
「ただの虫だろ」
「いやいや、こいつのおかげで俺ら出会えたんだな!」
「出会ってもう半年だろ!」
馬鹿みたいな会話をしながらも、隼人の横顔はどこか柔らかい。大地が隣にいるだけで、鬱陶しい雨も少しだけ心地よく感じてしまうのだった。
「なあ隼人」
「……なんだよ」
「今日のこともネタにして、明日の自己紹介で披露していい?」
「やめろぉぉ!」
大地の笑い声と、雨音が重なって響く。傘の下、世界は二人だけの小さな舞台になっていた。
※学問的にはカタツムリは「虫(昆虫)」ではなく「貝の仲間」です。
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