テラーノベル
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ただ。
唇だけが震えていた。
返事ができない。
好きか。
好きじゃないか。
そんな二択なら、とっくに答えは出ている。
問題はそこじゃない。
認めた後だ。
認めてしまったら。
もう「ただの気の迷い」で誤魔化せなくなる。
もう「たまたま一緒にいただけ」で逃げられなくなる。
だから。
怖かった。
「……何で黙るんだよ」
日下部が苦笑する。
責める声じゃない。
でも少し困っている。
遥は視線を落としたまま言った。
「そういうの」
「ん?」
「簡単に言うな」
日下部が一瞬きょとんとする。
「好きとか」
「……」
「簡単に言うな」
自分でも驚くくらい硬い声だった。
日下部は少し考える。
それから。
「簡単じゃねぇよ」
静かに言った。
遥は顔を上げる。
「簡単だったら、お前にこんな振り回されてねぇ」
「……」
「もっと楽なやつ好きになってる」
遥は思わず眉を寄せた。
「何だそれ」
「事実」
「失礼だろ」
「失礼かな」
「失礼」
日下部が笑う。
遥も。
ほんの少しだけ。
口元が動く。
すぐ消えたけれど。
日下部は見逃さなかったらしい。
「今笑った」
「笑ってねぇ」
「笑った」
「笑ってねぇ」
「笑ったって」
少しだけ。
本当に少しだけ。
空気が軽くなる。
けれど。
次の瞬間にはまた不安が戻ってくる。
遥は知っている。
こんな時間は長く続かない。
続いたことがない。
だから。
「……帰る」
小さく言った。
日下部は引き止めなかった。
「おう」
それだけ。
少し意外だった。
「送らねぇのかよ」
思わず口から出る。
日下部が目を丸くした。
「送ってほしいのか?」
「違ぇよ」
「だろうな」
笑う。
それから。
「でも今日はやめとく」
「……何で」
「お前、今いっぱいいっぱいだろ」
遥は黙る。
「これ以上やると逃げそうだし」
「……」
「だから今日は帰れ」
その言葉に。
遥は少しだけ息を止めた。
不思議だった。
引き止められる方が怖いと思っていた。
なのに。
こうして距離を取られると、それはそれで落ち着かない。
自分でも面倒だと思う。
「じゃあな」
日下部が手を上げる。
ゆぴ
67
そして。
今度は本当に背を向けた。
遥はその場に残る。
夕焼けの色が少しずつ薄くなっていく。
遠ざかる背中を見ながら。
胸の奥が妙にざわついた。
追いかけたいわけじゃない。
呼び止めたいわけでもない。
ただ。
離れていく背中を見ると。
息が詰まる。
その感覚に。
遥はまた恐ろしくなった。
「……最悪」
誰にも聞こえない声で呟く。
好きになることより。
好きになった後の自分の方が。
ずっと怖かった。
コメント
1件
うわ、もうこの回マジでしんどい……。好きって認めた後の“その先”を想像するだけで震えてる遥のもどかしさ、すごく伝わってきた。「簡単に言うな」って拒絶しながら、でもいざ日下部が引き際をわかってくれたら、今度は寂しくなるっていうこのループ、リアルすぎて胸が痛い。「追いかけたいわけじゃないのに息が詰まる」って感覚、わかる気がするわ。2人の距離感と繊細な空気感がめちゃくちゃ刺さった。