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相談室に入ってきた相談者は、椅子に座るとすぐに背筋を伸ばした。姿勢だけ見れば、真面目で落ち着いた生徒そのものだった。
「ちゃんと考えてないって思われるのが、しんどい」
切り出しは唐突だったが、遥は驚かなかった。
「別に、ふざけてるわけじゃない。
授業も聞いてるし、意見も頭の中では整理してる」
相談者は膝の上で手を組んだ。
「でも、静かにしてるとさ。
“何も考えてなさそう”って扱われる」
グループワークで話が進む。
誰かが結論を出す。
自分はその間、違和感を探しているだけなのに。
「話し合いが終わってから、“どう思う?”って聞かれるんだ。
その時に意見を言うと、“最初から言えばよかったじゃん”って」
遥は視線を上げた。
「言おうとしたことは?」
「あったよ。何回も」
相談者は即答した。
「でも、途中で遮られそうで。
流れを止めそうで。
それに……」
言葉が一度、喉で止まる。
「どうせ、重いって思われる気がして」
室内の空気が、少しだけ張りつめた。
「静かなタイプってさ、“軽い”か“何も考えてない”かのどっちかに分類されやすい」
相談者は自嘲気味に言った。
「真剣に考えてる時間って、だいたい見えないから」
遥はゆっくりと口を開いた。
「考える速さと、話す速さは同じじゃない」
相談者は顔を上げる。
「でも、話さなきゃ評価されない。
話した量で、考えた量を測る場所もある」
遥は否定も肯定もしなかった。
「それは事実だ」
相談者は唇を噛んだ。
「じゃあ、どうすればいいんだよ。
黙ってたら軽く見られる。
無理に話すと、“急にどうした?”ってなる」
「無理に自分を騒がせる必要はない」
遥は静かに言った。
「ただ、“考えている途中です”を、外に出す練習はできる」
「途中?」
「結論じゃなくていい。
疑問でも、引っかかりでもいい」
遥は続けた。
「完璧な形になるまで出さないのは、丁寧だけど、伝わりにくい」
相談者はしばらく黙って考えた。
「……中途半端だと思われるのが怖かった」
「中途半端に見えるのと、何もないと思われるのは違う」
遥の声は低く、落ち着いていた。
「途中の思考を出せる人は、ちゃんと考えてる」
相談者は小さく息を吐いた。
「でもさ、後から“なんでその時言わなかったの?”って言われるの、地味に削られる」
「それは、“結果だけ欲しい側”の言葉だ」
遥は言った。
「考える過程を待てない人もいる」
相談者の目が揺れた。
「待ってもらえないなら、俺が悪いのかなって思う」
「違う」
遥ははっきり言った。
「性格と評価のズレだ」
相談者は少し驚いた顔をした。
「ズレ?」
「ズレは、間違いじゃない。
ただ、噛み合ってないだけだ」
遥は机の上に視線を落とした。
「静かに考える人は、派手な場所だと軽く見られやすい。
それは能力じゃなく、相性の問題だ」
相談者はゆっくり頷いた。
「……自分が足りないんだと思ってた」
「足りないんじゃない。
見えにくいだけだ」
立ち上がるとき、相談者は少しだけ肩の力を抜いた。
ドアが閉まり、遥は一人になる。
考えている人ほど、黙ってしまうことがある。
それは弱さじゃない。
ただ、この世界は、沈黙に不親切なだけだ。