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遥の相談室2

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遥の相談室2

75 - 第75話 正しいことを選んでるはずなのに、楽しくない

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2025年12月30日

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相談室に来た相談者は、椅子に座ってもしばらく黙っていた。

視線は床と机の境目を行き来している。


「間違ってないはずなんだ」


ぽつりと、独り言みたいに言った。

遥は促さない。待った。


「ルールは守ってる。

提出物も出してるし、遅刻もしない。

変なことも言わないし、空気も読む」


相談者は淡々と並べた。


「大人から見たら、たぶん“問題ない”」


少し間が空く。


「でも、楽しくない」


言い切ったあと、相談者は眉をひそめた。


「不満があるわけじゃない。

不幸でもない。

ただ……何も残らない感じがする」


遥は静かに視線を上げた。


「“正しい”ってさ、便利だよな」


相談者は顔を上げる。


「否定されにくいし、怒られにくい。

でも、“正しい”だけだと、感情は置いていかれる」


相談者は苦笑した。


「それ。

置いていかれてる感じ」


学校でも、家でも、

選択を間違えないようにしてきた。


波風を立てない。

期待を裏切らない。

余計なことを言わない。


「気づいたら、“好き”とか“やりたい”が後回しになってた」


相談者は言う。


「それでもさ、

ちゃんとやってきたんだから、いつか楽しくなると思ってた」


遥は首を横に振らなかった。


「楽しくなる保証は、どこにもない」


相談者は一瞬、戸惑った表情をした。


「……え?」


「正しさは、感情を連れてきてくれない」


遥は続けた。


「感情は、ちゃんと迎えに行かないと、戻ってこない」


相談者は唇を噛んだ。


「でも、間違えるの怖い」


「当然だ」


「間違えたら、今まで積み上げたものが壊れそうで」


遥は少し間を置いてから言った。


「壊れるのは、“正しさ”のほうかもしれない」


相談者は目を伏せた。


「正しい選択ばっかしてたら、

“自分で選んだ感覚”が薄くなる」


遥の声は低い。


「それが続くと、何をしても楽しくなくなる」


「じゃあ、どうすればいい?」


焦りが混じった声だった。


「全部ひっくり返せってこと?」


「違う」


遥は即座に否定した。


「正しさを捨てろ、じゃない。

正しさの横に、感情を置けって話だ」


相談者は考え込む。


「感情って、そんな簡単に分かる?」


「分からないことのほうが多い」


遥は正直に言った。


「だから、小さいのでいい」


「小さい?」


「楽しい“気がする”

嫌じゃない“気がする”

それくらいでいい」


相談者はゆっくり息を吐いた。


「今まで、ちゃんと理由がないと選んじゃいけないと思ってた」


「理由がなくても、感情は動く」


遥は言った。


「理由がないから、嘘じゃないこともある」


相談者は少しだけ笑った。


「正しいことを選んでるのに楽しくないって、贅沢だと思ってた」


「贅沢じゃない」


遥は静かに否定した。


「それは、疲れてるサインだ」


相談者の肩が、ほんの少し下がった。


「……正しさに、疲れてたのか」


「気づけただけでも、十分だ」


相談者は立ち上がる前、もう一度言った。


「間違ってないのに苦しいって、言ってよかった」


ドアが閉まる。

遥は一人、椅子に座ったまま考える。


正しい選択は、身を守る。

でも、生きてる感覚までは保証しない。


感情は、いつも後回しにされる。

それでも、消えずに残る。

残っているから、苦しくなる。


――正しさに疲れた人は、間違ってない。

ただ、自分の声を置き去りにしただけだ。

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