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遥の誕生日は、いつも特別ではなかった。
朝、教室のざわめきはいつもより少しだけ冷たく感じられ、誰も祝う言葉を口にしなかった。
それが、彼にとっての“恒例行事”だった。
机の中はいつもより重たく感じた。
放課後、そっと引き出しを開けると、細長い紙切れが折りたたまれて入っていた。
その紙は、汚れひとつなく、まるで誰かがそっと置いたかのように整っていた。
「ここにいる」
ひらがな五文字が、淡々としかし確かに、そこに書かれていた。
誰が書いたのかは分からなかった。けれど、その文字からは、冷たさではなく、小さな温もりが伝わってきた。
遥は息を吐き、手のひらでその紙を包み込む。
声にできない感情が胸を締めつける。誰かに必要とされているという事実が、彼の心の奥底で静かな灯のように揺れた。
それは、今まで誰にも与えられなかった“何か”だった。
けれど、その灯は弱く、頼りなく、すぐに消えてしまいそうなものだった。
だからこそ、彼はそれを決して手放さなかった。
夜。部屋の薄暗い灯りの下で、遥は紙片を枕元に置いたまま眠りについた。
夢の中でさえ、言葉にはならないけれど、確かな約束がそこにあった。
次の日も、誰も彼の誕生日を祝わなかった。
だが、彼は知っていた。
たとえ声にならなくても、確かに、そこにいる誰かが、彼を見ているのだと。