テラーノベル
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体育の授業。
ドッジボール用のコートの内側には遥だけが立っていた。
ルールは最初から決まっている。
中は遥一人、外はそれ以外。教師はそれを崩さない位置に立っている。
「何で一人かわかる?」
いきなり声が来る。まだ始まっていないのに、先に理由を求められる。
遥は一瞬考えるが、考えている時間を見られる。
「ほら、止まってる」
別の声が重なる。
「答えろよ」
投げられたボールを避けながら、口を開く。
「……遅い、から」
言った直後に、間違えた感覚が残る。
「“遅い”って何が?」
すぐ拾われる。
「動き?」
「判断?」
選択肢の形で詰められる。どちらを選んでも残る。
「……動き」
答えると、少し間が空いて、笑いが混ざる。
「じゃあ今の動き、早いと思ってる?」
別方向から声が来る。遥は言葉を探す。
「思って、ない」
その間に次が飛んでくる。避ける。姿勢が崩れる。
「ほら崩れた」
「それで?」
止まらない。
「どう直すの?」
遥は息を整える暇もなく言う。
「ちゃんと、見る」
言いながら、自分で曖昧だとわかる。
「どこを?」
すぐ詰まる。
「全部、見る」
「全部って何」
笑いが少し強くなる。
「今見てたのどこ?」
遥は言葉が出ない。さっき見ていた方向を思い出そうとするが、もう次の声が来る。
「答えられないってことは、見てないってことだよな」
誰かがまとめる。
「じゃあさ、見てないのに動けるわけないじゃん」
納得するような声が続く。
遥は否定しようとして、言葉が浮かばない。
「……ごめん」
出たのはそれだった。
「ごめんじゃなくて理由」
すぐ訂正される。
「何が悪いの?」
繰り返される。さっきと同じ形なのに、答えはもう使えない。
「……見てない、から」
「だから?」
繋げさせられる。
「動きが、遅くなる」
「それだけ?」
足りないと言われる前にわかる。
「……周りに、迷惑」
言った瞬間、空気が少し整う。
「最初からそれ言えばいいのに」
軽く笑われる。
「じゃあ迷惑かけてる自覚あるんだ?」
ふみ
2,589
遥は頷こうとして、言葉で答え直す。
「ある」
「じゃあどうするの?」
また来る。同じ形なのに、逃げ道がない。
遥はさっき言った答えをなぞる。
「ちゃんと、見る」
「さっき聞いた」
被せられる。
「具体的に」
言い直しを要求される。
「……人の位置」
「どの人?」
増やされる。
「全員」
「無理だろ」
即座に否定される。
笑いが重なる。
遥は何か別の言葉を探すが、次が来る。
「できないこと言ってる時点で分かってないよな」
まとめられる。
「じゃあもう一回」
最初に戻される。
「何が悪いの?」
同じ質問なのに、さっきの答えは使えない気がする。
遥は一瞬黙る。
その“間”がそのまま拾われる。
「ほらまた止まってる」
逃げようとしているように見える。
「答えろって」
重ねられる。
遥は口を開く。
「……考えるのが、遅い」
少し変えたつもりの答え。
「さっきと同じじゃん」
すぐに崩される。
「変わってないよね」
固定される。
遥の中で、選べる言葉が減っていく。
どれを出しても同じ場所に戻される感覚だけが残る。
「結局さ」
誰かが軽く言う。
「何も分かってないんだよ」
その一言で、全部がまとめられる。
遥は否定できない。否定するための言葉がもう残っていない。
次の声が来る前に、何か言わなければと思う。
けれど浮かぶのは、同じ言葉だけだと分かっている。
「……ごめん」
またそれになる。
「だからそれいらないって」
すぐに切られる。
「意味ないから」
言い切られる。
遥の中で、言葉がさらに減る。
何を言っても違うと言われる前提だけが残る。
そしてまた、同じ質問が来る。
「何が悪いの?」
終わっていない。最初から続いている。
コメント
1件
うわ、これ…読んでて息が苦しくなりました。問い詰める側の「間」の取り方、遥の言葉がどんどん削られていく感覚、すごくリアルで。特に「ごめん」が「意味ないから」って切られる場面、胸が痛かったです。何を言っても違うと言われる前提だけが残って、最後の「何が悪いの?」でまたループする構造が、逃げ場のなさを完璧に描いてる。文体も抑制が効いてて、余計な装飾がないからこそ、この閉塞感が際立ってました。続きが気になります。