テラーノベル
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音楽室はざわついていて、まだ整列もしていないのに声だけが広がっている。
ピアノの前に先生はいるけど、何も言わないまま譜面をめくっている。前の方で誰かが笑う。
「ねえさ、これさ」
楽譜を持ったまま、隣に見せている。
「ここ無理じゃね?」
「高すぎ」
軽く返す声。
「遥にやらせたらどうなるんだろ」
唐突に名前が混ざる。
笑いがすぐ乗る。
「それはもう事故だろ」
「音じゃなくなるやつ」
誰かが重ねる。
遥は譜面を見たまま、視線を動かさない。
聞こえてる。
聞こえてないふりをするほど遠くない。
「てかさ」
別の声。
「ちゃんと声出るの?」
少しだけ間。
「出ないだろ」
即答。
確認でもなんでもない。
「口動いてるだけじゃね?」
「それでもズレるし」
笑いながら続く。
遥の喉が、少しだけ引っかかる。
何もしていないのに、乾く感じがする。
「じゃあさ、やらせてみよ」
軽い提案。
遊びみたいな言い方。
「今?」
「今でいいじゃん」
周りが乗る。
逃げるタイミングがない。
「遥」
名前を呼ばれる。
顔を上げるしかない。
「ちょっとここ歌って」
楽譜を指される。
断る理由を考える前に、視線が集まる。
「ほら、ここ」
距離が詰まる。
逃げ場が狭くなる。
遥は、譜面を見る。音は分かる。分かるはずなのに、さっきの言葉が邪魔になる。
出ないだろ。
音じゃなくなる。
口だけ。
順番に残っている。
「早く」
急かされる。
考える時間がない。
遥は息を吸う。
浅い。
そのまま声を出す。
最初の音で、少しだけ外れる。
「あ」
誰かが小さく反応する。
すぐ笑いに変わる。
「やっぱり」
「予想通りじゃん」
言葉が重なる。
止める理由がなくなる。
遥は途中で止める。最後まで行けない。
「え、終わり?」
「今の一音で分かるわ」
軽く言われる。
「無理だって」
結論みたいに置かれる。
遥は、何も言わない。
言い訳を探す前に、もう次の言葉が来る。
「なんでズレるの?」
質問の形。
でも答えを待ってない。
「聞いてないからだろ」
すぐに上書きされる。
「てか合わせる気ないよね」
続く。
遥の中で、さっきの音が繰り返される。
外れたところだけ。
そこしか残らない。
「こういうのさ」
誰かが言う。
「一人いると全体崩れるんだよね」
周りがうなずく。
「だから嫌なんだよ」
理由が追加される。
個人の話じゃなくなる。
「邪魔なんだよね」
言葉がそのまま落ちる。
強く言ってるわけじゃない。
ただ、普通に言われる。
遥は、譜面を持つ手に力が入る。
紙が少しだけ歪む。
でも直さない。
「もういいよ」
誰かが言う。
「分かったから」
終わらせる声。
「やっぱ無理だわ」
軽くまとめる。
そのまま離れていく。
会話が自然に切り替わる。
「てか次どこ歌う?」
「サビからでよくね?」
笑い声が戻る。
さっきのことは、そのまま処理されたみたいに流れていく。
遥だけが、さっきの一音の位置に残っている。
#うちの子紹介
コメント
1件
このエピソード、すごく苦しかったです。集団の空気が「悪意」というより「軽いノリ」で構成されているからこそ、遥の逃げ場がなくなる感じがリアルで…。特に「外れた一音だけが残る」っていう感覚、すごく分かる気がしました。会話の積み重ねで、何も言い返せない遥の内面がじわじわ伝わってきて、読んでいて胸が締め付けられました。ruruhaさんのこういう“空気の描き方”、本当に巧みですね。