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廊下の端。女子たちの笑い声が、ひとしきり遥に貼りついて去っていく。
背中に残ったのは、彼女たちの指先が触れた“跡”の熱だけだ。消したくても消えない。落書きみたいに残る。
――終わった。
金がない日の、女子のあれだけで限界なのに。
しかし地獄には「続き」があった。
それを、遥はまだ知らなかった。
「……なあ、見た? また女子に囲まれてたぞ、あいつ」
声がした。
振り返るより先に、空気が濁るような気配が近づいてくる。
“陰キャ”と呼ばれる側の男子――普段は教室の端で固まっている、目つきの湿った数人。
そのうちの一人が、妙に自信を持ったような顔で遥を見ていた。
「あれさ……やっぱ愛想振りまいてっからだろ。
女子にあんなにされて、黙ってるとか意味わかんねえし」
“されて”の意味なんか、奴らは何一つ知らない。
遥が何をされているのか、どう見られているのか、どう扱われているのか――
本当に何も、見ちゃいない。
なのに、勝手に物語を作って、勝手に満足して、勝手に叩いてくる。
「お前さ、女子に好かれてると思ってんの? 調子のんなよ」
吐き捨てるような声。
遥の胸に、何か黒い釘が打ち込まれる。
「……思ってねぇよ」
声がかすれて、自分のものじゃないみたいだ。
正解を言っても許されないのが分かってるのに、それでも言葉が出た。
「だよな。お前みたいなの、好かれるわけねーし。
けど“構われてる”のは事実だよな? あんなに囲まれてさ」
別の男子が、鼻で笑いながら近づく。
目線がいやらしい。嘲笑と嫉妬と、歪んだ承認欲求の混ざった湿気。
彼らは“女子に触られた”遥が許せないのだ。
自分たちには届かないはずの場所に、こいつがいると勝手に思い込んで。
だから、奪い、壊し、地べたまで引きずり下ろしたい。
「いいよなぁ、お前だけ特別扱いでさ」
「なんか“指名”されてたじゃん。羨ましいんだけど? 代わってくれよ」
言葉の端々に、ねじれた欲望が滲む。
女子の命令を、からかいを、嘲笑を、“羨む”という形で利用して、遥を叩く材料に変えていく。
「……特別、とかじゃねぇし」
言った瞬間、胸ぐらを掴まれた。
「否定すんなよ。調子乗ってんの丸出し」
押しつけられた壁の冷たさ。
喉に力が入らない。
誰も助けないのは知っている。
「さっき女子が“触って”きたの見てたぞ。あれ、どういう関係?」
「やめろって言えないの?」
「言わねえってことは、嬉しいんだ?」
“触る”の意味を、わざと濁してくる。
女子の悪意を誤解しながら、わざと卑猥に変換して、遥の喉に押しつける。
「……嬉しくねぇよ」
言うしかなかった。
沈黙しても、反論しても、肯定しても、全部罰が来るのに。
「じゃあ証明しろよ」
掴んでいた手が、遥の肩を乱暴に押す。
陰キャ男子たちが円をつくる。
逃げ道なんか最初からない。
「女子に構われて“調子乗ってない”証拠。
俺らの前で、ちゃんと見せろよ」
嘲笑が一斉に降ってくる。
その密度は女子のそれより重く、濁っていて、逃げ場がない。
彼らは女子たちのいじめを模倣しようとする。
しかし本家の残酷さは理解できていない。
だから余計に捻れ、余計に歪み、余計に悪質になる。
「土下座とかさ、できんの?」
「“ごめんなさい、僕は調子に乗ってました”ってさ」
「女子より先に、俺らに見せろよ」
承認欲求のための見世物。
女子の視線すら届かない、教室の湿った片隅で、遥は新しい“舞台”に引きずり出された。
金欠の日は、地獄の一段目にすぎなかった。
その下に、もっと深い闇があることを、いま身をもって知る。
――終わってくれ、もう。
心の中で何度願っても、終わりは来ない。
“女子に囲まれた”という誤解が、
新しい輪をつくり、
そこに男たちの嫉妬と歪んだ欲望が火を注ぎ、
遥は再び中心に引きずり戻される。
逃げられない。
金が無いときは“狩られる”。
その理不尽だけが、今日も正しいルールとして機能していた。