テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
裏階段。下駄箱の奥、誰も通らない薄暗さ。
足音が消えた放課後、遥は壁際に押しやられたまま、三人の影に囲まれていた。
彼らは怒鳴らない。
むしろ必要以上に静かで、感情を隠している感じさえある。
ただ──目つきだけが異様に濁っていた。
その濁りの正体を、遥はもう理解していた。
“ずっとこういう目で見られてきた”という長い実感の延長。
怒りでも敵意でもなく、
もっとじめっとした、形のないもの──
妬み。劣等感。歪んだ欲望。
それらが混じって腐った泥みたいになった目。
「……別にさ、怒ってるとかじゃないんだけど」
一人が言う。声は小さく、妙に落ち着いている。
その落ち着きが、逆に危ない。
「お前……“女子と仲良かった”よな?」
「……別に、仲良くなんて──」
「はは、嘘つくなよ」
笑いなのに、湿っている。
遥はその湿度が嫌いだった。息がしづらくなる。
「俺らなんかさ、女子に話しかけた瞬間、あからさまに嫌な顔されるのに……
お前は囲まれてさ。触られたりして。……いいよな」
その言い方に、遥の胃がひくりと縮む。
彼らが女子とのあれこれを“どう歪めて見てるか”が透けて見えた。
──卑猥な妄想をしてる。
そんなの、遥でなくても分かる空気だった。
しかし、遥は言い返さない。
ヒエラルキーなんて概念は分からなくても、
“自分が下に見られている”ということだけは、
幼いころから骨の奥まで染みている。
だから、いまさら反抗する意味なんてなかった。
「お前さ、調子乗ってね? 下なのに」
その一言は静かだった。
怒りを隠しているのではなく、怒りを“当然”と思っている声。
そして、もう一人が無造作に遥の肩を掴む。
爪が食い込むほど強く。
「……なんで、お前だけ触らせてもらえるんだよ」
耳元で低く吐き捨てる。
「“下”のくせに」
遥の呼吸が止まる。
殴られるか? 蹴られるか?
その程度の暴力はもう慣れたが──
今日は違う。
三人の温度が、どこか粘ついていた。
「俺ら、お前がムカつくとかじゃないんだよ。
ただ、“分からせてやらないと”って思っただけ」
「ずっと下なんだよってこと。
……ほんとはお前が一番よく分かってんだろ?」
遥は言葉を出せない。
否定したら嘘になるし、肯定したら壊れる。
沈黙した瞬間、誰かの靴先が脛を蹴った。
音は小さいのに、鋭い痛みが走る。
「ほら。下は下らしくしてろよ」
「女子に囲まれたからって、上とか思ってねぇよな?」
「……お前程度が」
階段の壁に後頭部をぶつけられながら、
遥は気づく。
――こいつら、俺が女子に触られた“事実を妄想で捻じ曲げて”怒ってるだけだ。
そして、怒ってることすら隠したまま、
“正しい処罰”みたいな顔で暴力を振るっている。
怒声はない。
ギラついた宣言もない。
ただ淡々と、「下を踏む権利」を行使するかのように。
遥の中で、冷たい諦めが広がる。
──ああ、これもいつも通り、か。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!