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夕方、自分の部屋でぼんやり音楽を聴いていたNさんのスマホに着信があった。
バイト先のレンタルビデオ店の店長からだった。
当時、流行っていた感染症でバイトが何人もまとめてダウン。
時給に色をつけるから急遽、出て来て欲しいとのことだった。
「要はピンチヒッターですね。……ええ。俺が入っても人手不足なのは同じでしたから」
そりゃあ目が回るような忙しさでしたね、とNさんは苦笑する。
それでもオファーされた仕事をやり切り、来た時と同じようにバイクに乗って帰途に就いた頃には夜中の十二時が近かった。
「それで思い出しちゃったんです。……例の交差点の近くまで来てJの話や亡くなった女の子の話を」
その時、交差点の周辺はいつにも増して人の気配がなかったと言う。
実際Nさんのバイク以外、一台の車両も走っていなかったそうだ。
「そうですね。怖い、というよりは嫌な気分でした。先は崖だってわかってるのに、敢えてそっちに向かって走らざるを得ないような……」
ポツンと立つ街灯に向かってNさんはアクセルをふかし続けた。一秒でも早く、この悪夢じみた空間から離れたかったのかもしれません、とNさんはうなずいていた。
しかし……
「いきなり、です。どこかから移動して、とかじゃないです。本当にいきなり現れ出た、って感じなんです」
一瞬だったけどハッキリと見てしまいました、とNさんは声を震わせた。
交差点を走り抜けようとしたNさんの視界のすみに飛び込んできたのは、二つの小さな人影だった。
一人は小学校低学年ぐらいの女の子。
首から上は闇夜に溶け込んで良く見えなかったが、着用していたワンピースは真っ赤に汚れボロボロに痛んでいた。
もう一人は幼稚園の年長組ぐらいの男の子。
こっちは真冬だというのに、これから夏祭りにでも出かけそうな浴衣姿。ただし、それは随分と年季が入ったものらしく柄はほとんど消えかけていたし、元は純白だったであろう帯も茶色く変色していた。
二人はしっかりと手を取り合い、バイクで走るNさんに背中を向けていた。
「……こんな場所、こんな時間に子供だけでいるわけない、っていうのはすぐに思いました。それで、一瞬、意識が飛びかけたんですけど」
信号が赤に変わったのが逆に幸いしたのかもしれない。
ハッとして気を引き締め直したNさんはバイクを交差点のど真ん中、つまり子供二人組と同じ方向をむいた状態で急停車していた。
片足を降ろしながらNさんはジャケットの下でドッと冷や汗があふれるのを感じたという。
「ええ、生きた心地がしませんでしたね。……振り返ったり、バックミラーを確認してはダメだって思いました。もし、あの子達の顔を見たら――」
事故に遭う。そう、Nさんは確信したと言う。
幸い二人は絵のようにその場から微動だにせず、バイクにまたがったNさんのもとまで近づいて来る気配もなかった。
「それで信号が青に切り替わって……」
文字通り、脱兎のごとくNさんは家まで逃げ戻った。
いつもとは違うNさんの様子に家族は驚き、心配してくれたがNさんは酷く疲労困憊し、自分が見たモノを上手く説明できなかったそうだ。