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(どうしてこうなったぁぁぁ!)
柊也が大きな姿見の鏡の前で、本日二回目となる『どうして?』を叫びたい気持ちを必死に堪えている。『解呪に来ただけのはずなのに、何故⁈』と白いレースの手袋に覆われた自分の手を見詰めながら、全身をブルブルと震わせている。
「まあまあ!とってもお似合いだわ!先程はどうしたものかと思ったのだけれど、サイズもほとんどピッタリね。事前にトウヤ様の事を訊いておいて正解だったわ。まぁ……性別だけは予想外だったけれども」
両手を組み、目を輝かせながらラモーナがはしゃいでいる。
柊也の着替えを手伝った者達は既にそそくさと王妃の私室から退散しており、今この部屋にいるのはラモーナ王妃と柊也、ルナール、それと幽閉塔までの案内役を買って出たライエンの四人だけだ。
ルナールはそっとハンカチを鼻の下に当てて鼻血で服が汚れぬ様にしていて、ライエンは壁をバンバン叩いてほぼ無音のままずっと笑い続けている。
「ウネグにね『トウヤ様ってどんな方?』と訊いたの」という言葉から始まり、ラモーナは柊也に事の経緯を説明し始めた。
『——あのねウネグ。【純なる子】であるトウヤ様の衣装を用意したいの。どんな雰囲気の方なのか教えてもらえるかしら?』
『トウヤ様ですかな?そうですなぁ……とっても可愛らしい方ですぞ!』
『まぁ!可愛らしいのね!』
『あとは身長はかなり低めで、このくらいかと』
そう言って、ウネグは手で大雑把な身長をラモーナに教えた。
『あら、本当に小さな子なのね。素敵だわ!体つきはどうなの?胸のサイズとか、ウエストは?』
『胸は全くありませんな。すとんっとしたスマートな感じの体型をなさっています』
『まぁ、そうなのね!ありがとう!』
ラモーナはそう答えると、それらの情報だけを元に柊也の為の服を作らせたそうだ。
「……僕は、大人の男なのですが」
回想的な話を聞き終え、柊也がラモーナに改めて伝えた。
「えぇそうね!先程の謁見の間で初めて知って、とってもビックリしたわ。『可愛らしい』って聞いていたから、てっきりトウヤ様は女性なのだと思っていたんですもの」
「胸が無いと聞いた時点で、不思議に思わなかったんですか?」
「『まな板なのね!』くらいには思ったわ。でも、胸があろうが無かろうが、息子の好みならばアリだと思うの」
のんびりとした口調で、でも楽しそうに言われて柊也が困った。
困惑顔になりながらも、柊也が改めて鏡を見る。どう見てもコレは『花嫁衣装』だ。ウエディングドレスだ。それは『花嫁』が『結婚』する時にドキドキワクワクしながら着る衣装であって、決して顔も知らない王子様にちょっと会う時に着る服では無い。なのに、今柊也はソレを着て、鏡の前に立っている。
頭には足元まである長い白いベールがかけられ、薄っすらと入る小花の刺繍柄がとても美しい。首にはレースのチョーカーを。体のラインがバッチリわかる袖の無いドレスはスカート部分の前が膝上まで、後ろは足首までと長い、不規則なラインをしたデザインだ。腰周りにはリボンがあり、そのリボンでサイズ調節が出来る作りにしてあった。腕には白い手袋、脚もニーソックスを穿かされていて、ヒールのある靴は正直歩き難い。
何の意図があってこんな衣装をラモーナが着せたのか想像するのも怖い中、柊也は『「閉じ込められた場所から助けてくれた相手」なんて、一目惚れの王道です。「好きだ、結婚しよう。もう君を帰さない。閉じ込めておけ」くらい当然のように言い出しますよ?王子の様な権力の権化にそんなセリフ、言われたいですか?』と、随分前にルナールが言っていた言葉を思い出し、背筋に悪寒が走った。
(……ま、まさかね。無い無い)
そうは思うも、鏡でこの格好を見ると『流石にマジでそれはありえないでしょ』という言葉があっさりと揺らいでいく。
助けを求める様な気持ちで柊也は部屋の隅で待機しているルナールを見たのだが、ベールで柊也の表情が読み取り難いのか、彼はただただ嬉しそうに笑っていた。
「……トウヤ様……とてもお綺麗ですね。似合っていますよ」
「でしょう?ねぇ、ライエンもそう思わない?」
母親であるラモーナにそう問われ、ずっと笑い続けていたライエンが「えっ」と言って固まった。
「……そうです、ね」
大笑いしていた顔を一転させ、ライエンが嫌そうな顔で同意する。本心では無い事は明らかだ。
「本当、何となくのサイズで作ったとは思えないくらい、しっくりしているわ!ユランもきっと飛び跳ねて喜ぶわ!あぁ……でも、その顔を間近で見られないのが残念ねぇ」
頰に手を当てて、ラモーナが息を吐く。本当に心から残念そうだ。
そんな母の姿を前に、ライエンがギュッと拳を強く握った。力が入り過ぎていて、今にも血が滴り落ちそうなくらい爪が食い込んでいる。何かを必死に我慢している事が見て取れたが、その事に気が付いたのはルナールだけだった。
「母上、そろそろ彼らを案内したいのですが、よろしいですか?」
ライエンにそう言われ、ラモーナが「えぇ、お願いするわ」と笑顔で頷いた。
「トウヤ様……」
ラモーナが柊也の手を取り、そっと包む。顔から明るい笑顔が消えていて、今までの態度が嘘の様だ。
「ユランの事……よろしく頼みます」
握る手に額を当てて、祈る様に頭を下げる。二十六年、母として何も出来なかった彼女の後悔の気持ちがはっきりと伝わり、柊也は『この衣装はなんかおかしい』などとは完全に言えなくなった。
「あ……えっと……。『解呪』は、出来るだけやってみます。でも……最悪、もう一人の【純なる子】を待って、抑え込む方法を取る事は、覚悟して頂けると正直助かります」
とても言いづらそうに、でも、本気で息子を心配しているからこそ、過剰な期待はさせまいと柊也は自分の考えをきちんと伝えた。
「わかっています。どの様な結果になろうとも、あの子が幽閉塔から出られるのであれば、私は全てを受け入れましょう」
ラモーナがそう言った瞬間、ライエンの拳からとうとう血が滴り始め、部屋の絨毯へと、ぽたり、ぽたりと落ちていく。顔は少し笑っている感じではあるが、まるで仮面を貼り付けたみたいなものだった。
「……母上、もう」
「ごめんなさい。案内を頼むわ」
次にラモーナが顔をあげた時、彼女は温和な笑顔に戻っていた。だが、眦には涙が滲み、気持ちを切り替えきれていない事が柊也にも見て取れる。
「では行きましょう。幽閉塔へと案内致します」
ライエンが靴音を鳴らしながら歩き出し、部屋を出て行く。ルナールは柊也の手を取って、転ばぬ様にと手助けを始めた。
「我々も行きましょうか」
「……うん」
短く答え、柊也が一歩一歩と慣れない足取りで歩き出す。
そんな三人が部屋を出たのを見届けたラモーナは、「みんな、無事に戻って来て下さいね」と呟き、一筋の涙を頰へと零した。
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