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ひよこの進化形態
橘靖竜
732
依頼が終わった日の夕方、探偵社には微妙な静けさが残っていた。忙しくはない。
けれど、完全に終わった感じもしない。
「次、何だったっけ」
真琴がカレンダーを指でなぞる。
「まだ未定」
玲が即答する。
「問い合わせはいくつか来てるけど、確定はしてない」
「じゃあ今日はここまで?」
「そうなるな」
燈は椅子を後ろに倒しかけて、慌てて戻した。
「……スッキリしねえ」
「今さら?」
真琴が笑う。
「今回は特にだろ」
「誰も嘘ついてねえのに、全員ズレてるとか」
「それが結論だからね」
玲は淡々としている。
「依頼人も納得した」
「納得はしたけど、理解はしてねえ顔だった」
「それ、よくあるよ」
真琴は軽く肩をすくめた。
「“答えがある”って思って来る人、多いし」
伊藤はいつものように、事件ファイルを棚に戻していた。
背表紙には、簡潔な事件名。
整理された番号。
余白のない配置。
「伊藤さん」
真琴が声をかける。
「この事件、どう思う?」
「どう、とは?」
「探偵として」
伊藤は少しだけ考えた。
「……説明できる範囲で、説明できた」
「それだけ?」
「それだけで、十分なこともある」
燈が鼻を鳴らす。
「割り切りすぎだろ」
「仕事だからな」
穏やかな笑み。
澪は、そのやり取りを聞きながら、机の上のメモを一枚手に取った。
誰かの証言を書き写したもの。
同じ言い回し。
同じ語尾。
「……ねえ」
珍しく、澪が口を開いた。
「うん?」
真琴が振り向く。
「証言ってさ」
少しだけ間を置く。
「ちょっと、揃いすぎじゃない?」
燈が眉をひそめる。
「今さら?」
「いや」
澪は首を振る。
「“同じ説明を聞いたから”だけで、ここまで揃うかなって」
玲が澪を見る。
「可能性はある」
「うん」
「だから、結論は変わらない」
「……そうだね」
澪はそれ以上言わなかった。
伊藤は、棚の前で一瞬だけ動きを止めたが、すぐにファイルを押し込む。
「次の依頼が来るぞ」
いつも通りの声。
「そうだね」
真琴が答える。
「来たら、また考えよっか」
探偵社は、今日も静かに営業を終えた。
解決した事件。
説明できた違和感。
それでも、どこかに残る空白。
その余白に、まだ名前はない。
澪は指を唇に当て、何も言わずに帰り支度をした。
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