テラーノベル
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眠れぬと思った一夜が明け、柊也は普通に朝がきた事に驚いた顔をしている。まだ少し眠さの残る上半身をそっと起こし、彼は隣を見た。不定期で起きる気絶みたいな睡眠とは違う、穏やかな寝息をたてるルナールがまだぐっすりと隣で眠っていて柊也は更に驚いた。
いつもならもう既にルナールは起きていて、着替えも何もかもとっくに済ませ、柊也の寝顔をベッドに腰掛けながらじっと笑顔で見ているというのが毎朝の習慣と化していたからだ。
(普段は凛々しい顔してんのに、寝顔……可愛いなぁ)
意外にも、大人とは思えぬあどけない顔で眠っている。死んだ様に倒れた時とは違う温かみのある寝顔が愛おしくて仕方ない。毎朝起きる度にルナールと目が合って、『いつからそこに居たの?』と不思議に思う事が多かったのだが、こんな可愛らしい顔ならばいくらでも見ていたくなるなぁ、と柊也は微笑ましい気持ちになったのだった。
「おはよう、ルナール」
着替えを済ませた柊也が、ベッドの上でゆっくり目を開けたルナールに声をかけた。
「……てんし?」
窓から差し込む朝の光を浴びた柊也を見て、寝ぼけ眼のままルナールが呟いた。
「いや待って、僕はまだ死んでないよ?」
柊也が反射でつっこむと、ルナールがくすっと笑った。
「すみません、寝坊してしまったみたいですね。こんなにちゃんと眠ったのは初めてです。あまりにトウヤ様が幸せそうに寝ているもんですから……釣られたんでしょうね」
起き抜けに近い為か、ルナールの声が少し小さい。でも、ちょっと嬉しそうにそんな事を言うもんだから、嬉しさが伝染した柊也が彼の頭を獣耳ごとくしゃりと撫でた。
(あの流れだと絶対に『私に置き土産を』って感じだったのに、まさか、本当に寝かしつけられるとは思わなかったなぁ)
ルナールの頭を雑に撫でながらふと昨夜の事を思い出し、柊也の頰が赤くなった。
——間近で見た淫猥な表情と『では……ぐっすり眠れるようにしてあげましょうか?』の一言があっては、『そういう流れになる⁈』と柊也が思ったのは無理もないだろう。だがしかし、ルナールは柊也の気持ちを汲み取ったのか何なのか、彼をしっかり休ませてあげる事を選んだ。
そもそもルナールには柊也を元の世界へ帰す気が微塵も無い。
そこからくる余裕だったのだが、柊也は全く気が付いてはいなかった。
ルナールの真意を知らぬ柊也は、『最後の日にルナールの寝顔をバッチリ見られて良かったなぁ。スマホがあれば写真の一枚でもってところだったけど……まぁ、脳裏には刻めたはず!』などと柊也はしんみりした気持ちを胸に抱えている。
「さて。お腹も空いたし、セフィルのとこにでも行ってみようか。きっと昨日のノリだったら、朝御飯もすごそうだよね」
ベッドから立ち上がって柊也が体を伸ばす。寝顔見たさに長いこと座っていたせいで、ちょっとだけ腰が痛かった。
「急いで着替えますね。荷物も整理しておきたいので、少しだけお待ち下さい」
「ゆっくりでいいよ。空腹で死にそうって程じゃないから」
「ありがとうございます、トウヤ様」
互いに微笑み合い、ルナールがセフィルの指示で部屋に完備されていた服を手に取って広げた。サイズに問題はなさそうだったので、それに着替える。白いシャツと黒いトラウザーズ、深緑色をしたフード付きのローブといった普段と変わらぬ装いではあったが、生地が普段の物よりも上等で、着心地や動きやすさが段違いだった。
荷物を整頓し、部屋を簡単に整えて、ルナールが鞄を持ち上げる。
「準備が出来ました。お待たせしてしまいすみません」
ルナールと共に部屋の整頓をしていた柊也も、周囲を簡単に見回し、「猫メイドさんを困らせない程度には綺麗に出来たね」と満足そうに頷いた。
「まぁ彼女達ならば全てひっぺがして片付けそうなので、自己満足でしかないでしょうけどね」
「そういう事言わないのー」
「すみません」
「んじゃ行こうか、ルナール」
「はい、トウヤ様」
しっかり睡眠の取れたおかげか、眠る直前に思っていた言葉や疑問が『まぁ、なるようにしかならんか』なんて思えてしまうのだから、眠る事の偉大さを柊也は痛感した。
(こんなやり取りもあと少し——)
その気持ちだけは常につきまとってはいるが、悲観は無い。その時その時で出来る事を、最大限に頑張ろうと柊也が決意を固める。
「連れてってあげるから、手を貸して」
「……迷うような道程では——あ、いや。是非お願いします」
柊也に差し出された手を、ルナールが掴む。手を繋ぎ、揃って出た廊下を歩く二人は、ちょっとしたデート気分だったのだが、お互いにそう思っている事は口にはしなかった。
しばらく廊下を進んで行くと、中間地点附近に、何か小さな物体が転がっている事に二人が気が付いた。
「何だろう?あれ」
「……アグリオスが寝転んで本を読んでいますね」
「廊下で?——何で!」
「何故でしょうねぇ。ですが此処は彼らの家でもありますから、まぁ個人の勝手としか」
「まぁ、確かに……」
納得したような、してない様な。そんな微妙な気分のまま柊也がアグリオスの元まで駆け寄ると、「おはようございます、アグリオスさん」と声をかけた。
「あぁ、やっと来たか。おはよう」
読んでいた本から視線だけを上げ、アグリオスが挨拶を返した。
「あと少し待っても来なかったら部屋までぶっ殺しに行こうかと思ってたんだが、そうはならずに済んで良かったな」
(……『起こしに行こうと思っていた』って意味だと受け止めておこう!)
そんな事を思う柊也の前で、「——さてと」と言いながら廊下に寝転んでいたアグリオスが本を片手に立ち上がる。薄緑の髪を軽くかきあげ、彼はルナールに顔を向けた。
「ルナール、お前に話があるんだ。どうせお前はメシなんか食わねぇんだろ?なら柊也が朝メシ食ってる間だけ俺に付き合え」
ちなみにお前に拒否権は無いと眼差しで訴えるアグリオスを相手にしては、流石にルナールも断りづらかった。
「……わかりました。すみません、トウヤ様。先にセフィルの元へ行って食事をしていてもらえますか?」
名残惜しげに繋ぐ手をギュッと一度強く握り、ゆっくりルナールがその手を離す。
「うん、行ってらっしゃい」
柊也も繋いだ手を離すのは寂しかったが、素直に従った。
「こっちだ。すぐ済むから、んな今生の別れみたいなツラすんなよ。罪悪感持っちまうじゃねぇかよ」
しかめっ面でそう言われ、柊也が赤面した。そんなつもりはなかったのだが、そう見えたのかと思うとちょっと恥ずかしい。
「では、また後で」
「うん」
手を振ってルナールを見送る。
記録院へ来てから、こうやって別行動になる事が随分多いなぁと、彼の背中を見送りながら柊也は思ったのだった。
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