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夜気が重く張りついた庭。颯馬の影が、月明かりを切り裂いて立っている。
腕の中の子犬が突然ひきつるように鳴いた。
その小さな体がふっと宙を舞い、俺の手から離れた。
「やめろ!」
反射的に声が飛び出した。
自分でも驚くほど大きく。
気づけば、俺は颯馬の腕をつかんでいた。
一瞬、世界が静まる。
夜の虫の声すら遠くなる。
颯馬がゆっくりこちらを振り返った。
瞳に映る月明かりが、氷のように光っている。
友人たちの笑いが、庭の奥で小さく弾けた。
その軽い音が、逆に耳を刺した。
「……今、何した?」
低く、押しつぶすような声。
自分の指先が震えている。
つかんだ腕の感触が熱くて、離したいのに離せない。
「返して……」
かすれた声しか出ない。
返事の代わりに、颯馬は小さく鼻で笑った。
その笑いは、何かを決定づける音に聞こえた。
背後の友人たちが円を描くように近づいてくる。
砂利を踏む足音が一歩ごとに、胸の奥を叩く。
俺は、息を吸うことも忘れた。
颯馬はしばらく黙ったまま、俺を見下ろしていた。
その沈黙が、どんな罵声よりも重かった。
「……へぇ。やるじゃん」
ようやく吐き出した声は、笑いとも怒りともつかない。
後ろの友人たちが、円を狭めてくる。
砂利を踏む音が、鼓動と同じリズムで響いた。
「お前、ほんとに守りたいもんあんだな」
颯馬の言葉に、冷たい笑い声が混ざる。
胸が焼けつく。
子犬が小さく鳴いた。その音が、俺の全身をつき刺した。
「じゃあ――」
颯馬は、何かを言いかけて止めた。
次の言葉が来る前に、友人たちの視線が一斉に俺へ向かう。
その圧だけで、膝が震えた。
息が詰まる。
目の前の世界がゆっくりと暗く、狭くなっていく。
――このあと何をされるか、言葉にしなくてもわかる。
自分が反抗したという事実が、じわじわと全員に伝わっていく。
「……返して」
俺は、かすれた声でそれだけを繰り返した。
誰も答えない。
ただ、冷たい空気だけが、長く伸びていった。