テラーノベル
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翌週。
体育の授業だった。
グラウンドには初夏の陽射しが落ちている。
笛が鳴る。
男子たちが走り出す。
声が飛ぶ。
笑い声も混じる。
紬は列の後ろにいた。
運動が苦手なわけじゃない。
好きでもないけど。
「次、蒼真」
先生の声。
少し前にいた蒼真が前へ出る。
当たり前みたいな足取り。
周囲から声が飛ぶ。
「蒼真いけー」
「負けんなよ」
蒼真が軽く手を上げる。
笑う。
自然な笑顔。
紬はその顔を見る。
知らない顔だ。
昔は違った。
少なくとも紬の記憶の中では。
蒼真はもっと静かだった。
もっと柔らかかった。
でも今は。
クラスの中心とまでは言わない。
けれど自然と人が寄る。
男子の輪の中にいる。
眩しい。
それが最初に浮かんだ。
笛が鳴る。
蒼真が走る。
歓声。
速い。
紬は視線を落とした。
昼休み。
食堂へ向かう途中。
廊下の窓から中庭が見えた。
そこに蒼真がいた。
悠生もいる。
二人で話している。
何を話しているかは聞こえない。
でも。
蒼真は笑っていた。
その顔を見た瞬間。
胸の奥が少し痛む。
昔は。
あの笑顔を一番近くで見ていた。
たぶん。
今は違う。
「また見てる」
突然、後ろから声。
紬は肩を震わせた。
振り向く。
悠生だった。
「……驚かせないで」
「ごめん」
全然悪びれていない。
悠生も窓の外を見る。
そこには蒼真。
「そんな気になる?」
軽い口調。
紬は返事をしない。
「気になるんだ」
勝手に結論づけられる。
「違う」
反射的に否定する。
悠生が少し笑った。
「そういうところ変わらないな」
紬は眉をひそめる。
「何が」
「昔から蒼真のことになると分かりやすい」
心臓が少し跳ねた。
嫌だった。
見透かされたみたいで。
「別に」
また同じ言葉。
最近そればかりだ。
悠生は少し黙る。
それから。
珍しく真面目な顔になる。
「紬」
名前を呼ばれる。
「もしさ」
少し間。
「蒼真が昔のこと嫌がる理由があったらどうする」
紬は固まった。
風が吹く。
窓の外。
木の葉が揺れる。
「……理由?」
「うん」
悠生は視線を外へ向けたまま言う。
「お前、昔の蒼真の話するとき
昔の蒼真が正しいみたいに言うだろ」
紬は答えられない。
たしかにそうかもしれない。
だって。
好きだったから。
あの頃の蒼真が。
「でも」
悠生が続ける。
「本人はそうじゃないのかもしれない」
紬は黙る。
考えたことがなかった。
蒼真がどう思っていたのか。
あの頃を。
どう見ているのか。
自分はずっと。
失った側だった。
だから。
蒼真も何かを失ったかもしれないなんて。
考えもしなかった。
「……何か知ってるの」
やっと聞く。
悠生は少し困った顔をした。
「いや」
短く答える。
「知らない」
嘘ではなかった。
でも。
何も知らないわけでもなかった。
昔。
小学生の頃。
泣いている蒼真を見たことがある。
誰もいない校舎裏で。
その記憶が。
悠生の中にはまだ残っていた。
しかし。
その話をするには。
まだ少し早かった。
コメント
1件
「第4話、読ませていただきました。体育の授業での蒼真くんの“知らない顔”という認識、すごく響きました。昔は隣にいたのに、今は眩しくて見ていられない——その距離感の描き方が繊細で。悠生くんの“蒼真が昔のこと嫌がる理由があったらどうする”という台詞、一瞬で空気が変わる感じがして、胸がぎゅっとなりました。何かを知っているけどまだ話せない、その“少し早かった”という締めも、続きが気になります。蒼真の視点も見えてきそうな予感がして、次が楽しみです。」