テラーノベル
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裏口の静けさは、長くは続かなかった。
通りの方から次の段取りを呼ぶ声が聞こえ、誰かの足音が近づいては遠ざかる。
祭りはまだ終わっていない。
そしてたぶん、この返事も、今日ここで全部を決めきる話ではない。
ハヤは腕の中の花包みを持ち直した。
ノイシュタットは相変わらず、待つ顔をしている。気取ったわりに、こういう時だけやけに正面から立つのがずるい。
「……すぐには、返事できません」
そう言うと、彼の目がほんの少しだけ伏せられた。落ち込んだのかと思った瞬間、次の呼吸でそれが演技半分だと分かる。大げさすぎない、ちょうど面倒な落胆だった。
「だろうと思った」
「思ってたんですか」
「でも期待はするさ」
ハヤはため息をつきかけて、やめた。代わりに少しだけ笑う。
「まず明日も店を開けるんです」
自分でも驚くほど、その言葉はすっと出た。
「今日のあとも、ちゃんと働ける形にする。それが先です」
ノイシュタットは黙って聞いていた。
「だから、そのあとで」
そこまで言うと、彼の口元がゆるむ。
勝手に意味を受け取りすぎる顔だ。
「そのあとで、考えます」
ハヤはわざと平板に言い直した。
「勝手に先走らないでください」
「先走るほどの体力は、いま残っていない」
彼は肩をすくめた。
「けれど、明日も店を開ける、その先に僕がいてもいいなら、十分だ」
その言い方が、少しだけ嬉しそうで、少しだけ情けなくて、ハヤはまた笑ってしまう。
通りへ戻ると、どういうわけか空気が妙にざわついていた。エフチキアが目をきらきらさせて寄ってくる。
「今、何かありました?」
「ありません」
「絶対ありました」
ドゥシャンも後ろから顔を出す。
「名前、呼ばれた?」
「仕事してください」
ごまかしきれていないのは分かっている。だが祭りの余韻の中では、その曖昧ささえ笑いになった。
観客のどこかでも、さっきの匿名用紙の正体について勝手な憶測が広がっているらしい。誰かが「たぶん成功した顔」と言い、別の誰かが「でも返事は保留だろ」と言って笑っている。
ハヤは耳まで熱くなりながら、受付台の位置を直した。
恋の返事は、まだしない。
でも、明日も店を開けるという返事は、もうしている。
その事実だけで、今夜の足元は十分あたたかかった。
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