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──「弱ったときの本音」を吐いた罰。
家の時計の針が、なぜかやけに大きく聞こえる。
それ以外の音が、ほとんど許されていないからだ。
遥は床に膝をついたまま、両腕を後ろで縛られていた。
紐はきつくはない。だけど、逃げられないように、絶妙な力で制御するための結び方だった。
怜央菜が言った。
「今日は“直す日”だから。
本音なんていらないでしょ、遥には」
颯馬たちはゆっくりと遥を囲む。
最初の罰は、姿勢。
「倒れんなよ。倒れたら、もう一回最初からだからな」
晃司の声は淡々としていた。
遥は壁に背をつけ、
まっすぐ正座の姿勢を維持させられていた。
ただし背中は壁に触れたまま、首だけ前へ倒される角度で固定される。
その姿勢は、
頸・背中・腰に“鈍い痛み”を流し続ける。
時間が経つほど、鈍痛は鋭痛に変わる。
息が浅くなる。
怜央菜はその状態を見守りながら、
優しい声を作った。
「寝ちゃダメよ。意識が落ちたら、また蹴られるだけなんだから」
姿勢を崩せないまま、
遥の耳元へ颯馬がしゃがむ。
「“行かないで”ねぇ……」
囁くように。
「弱って、本音が出ちゃったんだ?
外のやつのほうが大事なんだ?」
声がひどく落ち着いている。
怒りがないほうが、逆に怖い。
「じゃあ言えよ。
日下部がいれば生きていけるって」
遥は首を振った。
振っただけで、背筋に痛みが走る。
「言えないんだ?」
颯馬は小さく笑った。
「じゃあ家が正しいよな。
お前の“本音”なんて、矯正しないとダメなんだよ」
遥は声すら出せなかった。
晃司が無言で遥の肩をつかむ。
掴む力は強すぎない。
けれど、痛みが走る角度だけを正確に押してくる。
怜央菜が言う。
「遥ってさ、ほんとうに扱いやすいよね。
押したら沈むし、黙らせたら従うし。
……でも今日は、沈み方が甘かったの」
指で遥のあごを持ち上げ、顔を見上げさせる。
「外に助けを求めるなんてね。
家に逆らったも同じなのよ」
つぶやくような声が耳に刺さる。
「痛くても、壊れても、
家族が“直す”。
……あなたはそれだけでいいの」
頰を軽く叩かれた。
痛みよりも、“否定”が衝撃として残る。
時計が数回、深夜を越えても、
遥は姿勢を変えさせてもらえなかった。
睡魔に落ちそうになるたび、
颯馬か晃司が足で軽く押して意識を戻す。
「寝んな。
まだ終わってねぇ」
囁きが、壁のように重くのしかかる。
怜央菜は熱をもたない目で言った。
「遥。弱ってるときに出た言葉って、
一番“治し甲斐がある”んだよ。
今日のはね、家族みんなであなたのズレを直してるの」
“治療”と同じ語り口で。
それが、いちばんひどかった。
遥は意識が霞む中で、
自分の弱さを呪っていた。
——言わなきゃ良かった。
——あんな声、出すんじゃなかった。
でも、心の奥では
“あれだけは嘘じゃなかった”
とも思ってしまう。
だからこそ、家に許されない。
姿勢が限界を迎え、
遥の体が前へ倒れそうになった瞬間——
颯馬が胸ぐらをつかんで無理に起こした。
「倒れたら最初からだって言ったろ」
怒鳴り声ではなく、
ただ事務的な確認。
「なぁ遥。
家族より外を選ぶのって、そんなに価値あった?」
遥は言えない。
言えば殺される。
言わなくても続く。
怜央菜が最後の言葉を落とす。
「今日で分かったでしょ?
“本音”は要らない。
あなたは家の中だけ見て生きていればいいの」
その瞬間、
遥の首ががくりと揺れた。
限界だった。
それでも家族は止める。
「倒れるなら、許可取れ」
晃司の静かな声が落ちる。
遥は、泣き声にならない息で、
小さくうなずいた。
「……っ……ごめ……」
謝罪が終わらないうちに、
誰かの手が肩を押し、ようやく姿勢から解放された。
でも“休み”ではない。
ただ、次の指示のための間。
その夜、遥はほとんど眠らせてもらえなかった。
弱った心の奥にあった、
日下部への本音を潰すために。
家族のルールを刻み直すために。
そして翌朝、
遥の目に残ったのは——
“朝日より先に終わってしまった子どもの目”
のような、乾いた光だけだった。