テラーノベル
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チャイムが鳴る。終わりを告げる合図であるはずのその音が、遥にはいつも、「始まりの鐘」にしか聞こえなかった。
誰も帰り支度をしない。
教室の空気が、ざわめきの下で緊張に変わっていく。
「今日って、どこだっけ?」
「あー……階段裏じゃね?」
「いや、昨日そこだったろ。今日は……倉庫?」
楽しげな声。
明るささえ感じるその声の中で、“場所”が自然に決められていく。
遥は、それを聞いていた。
──決まった場所、決まった時間。
まるで“掃除当番”みたいに、順番に地獄を巡るだけ。
背筋に汗が滲む。
身体は、もう何度も痛んでいる箇所が、擦れるだけで泣き叫びたくなる。
けれど、泣いたところで何も変わらないのは、もう知っていた。
「おーい、行こーぜ」
「準備運動するか? 今日も楽しみにしてたんだよなぁ?」
笑いながら、誰かが椅子を蹴った。
それが合図だったように、数人の男子が教室から出ていく。
一拍遅れて──遥も立ち上がる。
押し出されるように。
そして、決められた“場所”へ向かう。
階段の踊り場。その奥にある、使われなくなったドアの裏。
扉は閉まらないように細工されていて、外からは見えない。
音も響かないように、周囲に人は来ない。
「で、さ──昨日の続き、やんね?」
先に待っていた数人の男たち。
その中心にいたひとりが、にやりと笑う。
「おとなしくしとけよ、今日は。昨日みたいに暴れても無駄だって、わかっただろ?」
「……やれるもんなら、やってみろよ」
遥の声はかすれていた。
けれど、その目だけは──まだ怒っていた。
「ほら、口は元気だぜ」
笑いが混ざったその声と同時に、腹部に一発、鈍い蹴り。
肺が一瞬、空気を吐き出した。
だが声にはならない。
「ほら、声出せよ。出してみろよ、さっきみたいにさぁ?」
もう一人が後ろから肩を掴んで、思いきり壁に叩きつける。
ゴン、と骨が鳴った。
頭がぐらつく。視界が歪む。
「おまえ、こっちが黙ってる間にまた調子乗ってんな?」
「オレらが黙ってんのは、遊んでやってるだけってこと、忘れてねぇよな?」
さらに続く拳。
服が捲られ、傷があらわになる。
誰かがその傷を見て、笑った。
「おー、ここ、昨日のだろ? まだ残ってんのな」
「やっぱ“痕”残すと効くなー」
笑い声と共に、硬い靴の先が太ももを蹴り上げた。
「うっ……く、そ……」
堪えた声が漏れる。
唇を噛む。血の味がする。
「黙ってりゃ、終わるかもなのにさ」
「いや、終わんねーって。今日のメニュー、まだだろ?」
そして、その“メニュー”が一人ずつ、淡々と進められていく。
身体を使って、喉を潰して、感情を壊して。
それを「罰」とは呼ばない。「習慣」として刻んでいくだけ。
遥は、笑われながら、また一つ、どこかが壊れていくのを感じていた。
そして、全てが終わった頃──
誰かが言った。
「“お仕置き”は終わりな」
「次は……日下部のターン、かもな?」
──背筋が冷えた。
あいつが。あいつまでが、これに。
全身を痛めつけられ、立ち上がることすらできない身体で、遥はただ、空を睨んだ。
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