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#無理矢理
Akiha
2,323
雨は夜になっても止まなかった。
家に着いた頃には、制服の裾は重くなっていた。
靴下も。
髪も。
全部。
玄関の明かりがついている。
珍しく。
遥は少しだけ立ち止まる。
嫌な予感しかしない。
静かな日ほど。
何もない日ほど。
ろくなことがない。
扉を開ける。
「遅」
晃司。
ソファ。
スマホ。
いつもの位置。
「濡れてんじゃん」
視線だけ向く。
「傘は」
「ない」
「へぇ」
それだけ。
何も言わない。
それが逆に気持ち悪い。
「学校」
晃司がスマホから目を離さないまま聞く。
「楽しい?」
遥は黙る。
「友達できた?」
返事をしない。
「何」
少し笑う。
「図星?」
遥の眉がわずかに動く。
「別に」
反射。
晃司が笑う。
「またそれ」
スマホを置く。
立ち上がる。
ゆっくり。
急がない。
「禁止って言ったよな」
近づく。
「学習能力ねぇの?」
遥は視線を逸らす。
「……知らねぇ」
「知らねぇ?」
「ああ」
「知らねぇか」
沈黙。
そして。
「じゃあ教えてやる」
腹。
鈍い衝撃。
息が抜ける。
壁。
背中。
痛み。
でも。
頭の中は別のことを考えていた。
(傘)
黒い傘。
教室。
日下部。
「使え」
「返さなくていい」
あの声。
「おい」
晃司。
「聞いてんのか」
もう一発。
肩。
「最近さぁ」
少しだけ苛立った声。
「上の空多くね?」
遥は床に手をつく。
呼吸を整える。
整わない。
「誰考えてた?」
沈黙。
「学校?」
沈黙。
「男?」
その言葉に。
指先がわずかに動く。
晃司の目が細くなる。
「へぇ」
嫌な笑み。
「いるんだ」
違う。
いない。
分からない。
分からないのに。
日下部の顔が浮かぶ。
それが一番気持ち悪い。
「誰」
「いねぇ」
即答。
「早」
晃司が笑う。
「否定早い時って大体そうなんだよな」
髪を掴まれる。
上を向かされる。
「名前」
「いねぇ」
「名前」
「知らねぇ」
「名前」
遥は目を閉じる。
言わない。
絶対。
その沈黙。
数秒。
晃司が手を離す。
「まぁいいや」
興味が失せたように。
「どうせ」
笑う。
「長く続かねぇし」
その言葉。
心臓が止まる。
「お前さ」
晃司は背を向ける。
「昔からそうじゃん」
冷蔵庫を開ける。
水を飲む。
普通の動作。
普通の声。
「誰か寄ってきても勝手に離れて勝手に壊れて勝手に終わる」
水を飲み終える。
「今回も同じだろ」
遥は何も言わない。
言えない。
「だから」
振り向く。
「安心しろよ」
少し笑う。
「どうせいなくなる」
その言葉。
頭のどこかに刺さる。
深く。
深く。
「……」
「何」
晃司が笑う。
「違うって?」
遥は答えない。
答えられない。
だって。
自分でも分からない。
日下部が違うのか。
同じなのか。
いなくなるのか。
ならないのか。
分からない。
何も。
晃司はもう興味をなくしていた。
テレビをつける。
笑い声。
明るい音。
遥だけがその場に残る。
誰も見ない。
誰も気にしない。
いつものこと。
部屋に戻る。
ドアを閉める。
鍵はかけない。
癖。
ベッドにも座らない。
床。
壁。
膝を抱える。
静か。
暗い。
雨の音。
その中で。
思い出す。
放課後。
教室。
傘。
そして。
日下部が引いた瞬間の顔。
困っていた。
怒っていなかった。
呆れてもいなかった。
ただ。
困っていた。
それを思い出して。
遥は少しだけ目を閉じる。
(……なんで困るんだよ)
意味が分からない。
助けるなら助ければいい。
離れるなら離れればいい。
嫌いなら嫌えばいい。
なのに。
あいつは。
昔から。
変なところで困る。
その顔を見るのが。
遥は苦手だった。
苦手で。
嫌で。
そして。
少しだけ。
安心してしまう自分が。
一番嫌いだった。
同じ夜。
日下部のスマホに、短い通知が一つ届く。
送信者。
蓮司。
内容は。
たった一行。
「雨の日、嫌いなんだって」
日下部は眉をひそめる。
意味が分からない。
返信しない。
でも。
その画面を見つめたまま、少しだけ呼吸が止まる。
蓮司は。
どこまで知っている。
そして。
何を見ている。
その答えを、日下部はまだ知らなかった。
コメント
1件
読み終えたわ…。このエピソード、重くて苦しいのに、最後の蓮司の一行で一気に世界が広がった感じがした。日下部が「困った顔」する描写、あれめっちゃ刺さった。怒らない、呆れない、ただ困る——その優しさみたいなものに遥が戸惑って、でも少しだけ安心してるのが切ない。続きが気になりすぎる🔥