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#無理矢理
Akiha
2,323
日下部は、その通知を消せなかった。
画面に残ったままの、一行。
「雨の日、嫌いなんだって」
送信者。
蓮司。
時刻は昨日の夜。
短い。
それだけ。
意味の説明もない。
返信もしていない。
なのに。
寝る前も。
朝起きてからも。
その一行だけが頭に残っていた。
翌朝。
教室。
窓際。
遥はいつもの席に座っていた。
教科書を開いている。
ペンを持っている。
特に変わった様子はない。
顔色が悪いのも。
目の下の隈も。
少し痩せた頬も。
全部、今さらだった。
だからこそ。
日下部は、ほんの少しだけ息を吐く。
(いる)
そんなことに安心してしまう自分が嫌になる。
大丈夫かどうかなんて分からない。
元気なわけでもない。
笑っているわけでもない。
ただ、今日もそこにいる。
それだけ。
それだけで安心してしまう。
(重いな)
心の中で呟く。
助けるとか。
守るとか。
そんな綺麗な言葉じゃない。
もっと、情けなくて。
もっと、みっともない。
「今日もいる」
その事実に安心して、
「いなくなるかもしれない」
その想像に勝手に怖くなる。
そんな自分を、少し嫌だと思う。
昼休み。
日下部は廊下に出ていた。
飲みかけの缶を持ったまま、窓の外を見る。
空は曇っていた。
また雨になるかもしれない。
「日下部」
声。
振り返る。
蓮司だった。
いつもの顔。
いつもの空気。
変わらない。
変わらなさすぎる。
「何だ」
「別に」
蓮司は壁にもたれる。
「顔、悪いよ」
「お前に言われたくねぇ」
「それもそう」
笑う。
軽く。
何でもないように。
それが妙に腹立たしい。
日下部は缶を握る。
「お前さ」
「ん?」
「何がしたい」
蓮司は少しだけ瞬きをした。
「急だね」
「前から思ってた」
「ふーん」
「何考えてんのか分かんねぇんだよ」
沈黙。
窓の外。
運動部の声。
遠い。
「……別に」
蓮司が笑う。
「俺もそんなに分かってない」
「は?」
「自分のこと」
さらりと言う。
日下部は眉を寄せる。
「ふざけてんのか」
「真面目だよ」
蓮司は少し空を見る。
「でもさ」
「何だ」
「お前、最近ずっと怖そうな顔してる」
「……」
「遥のこと?」
言葉が止まる。
否定が遅れる。
その一瞬を、蓮司は見ていた。
「図星か」
「うるせぇ」
「別に責めてないよ」
静かな声。
「怖いんでしょ」
「何が」
「間に合わないこと」
日下部の指が止まる。
「……」
「また」
蓮司は続ける。
「何も知らないうちに終わるのが」
沈黙。
図星だった。
だから、腹が立つ。
「知ったようなこと言うな」
「知らないよ」
即答。
「知らないけど」
少し笑う。
「そういう顔してる」
そして。
何でもないように。
「でも」
「ん?」
「嫌われてるわけじゃないから」
日下部が顔を上げる。
「またそれか」
「うん」
「何で分かる」
蓮司は少し考えて、
「分かんない」
と言った。
「は?」
「だって本人じゃないし」
笑う。
「でも」
「でも?」
「嫌いだったら、もっと楽だと思うよ」
その一言。
日下部は黙る。
蓮司は壁から背中を離す。
「ま、知らないけど」
歩き出す。
「待て」
呼ぶ。
足は止まらない。
「お前、遥のことどこまで知ってる」
その問いに、蓮司は少しだけ振り返った。
そして、珍しく。
本当に少しだけ。
困ったような顔をした。
「知らないことの方が多いよ」
「……」
「だから、面白いんじゃない」
笑う。
でも。
その笑顔の奥にあるものは、日下部には見えない。
見えたことがない。
「じゃ」
去っていく。
残された日下部だけが、曇った空を見上げる。
同じ頃。
教室。
遥は一人だった。
教科書は開いている。
でも。
文字は頭に入らない。
窓の外を見る。
灰色の空。
雨の匂い。
少しだけ肩に力が入る。
嫌いだ。
雨。
理由は説明できない。
昔から。
物心つく前から。
嫌いだった。
だから。
曇り空を見るだけで、少しだけ呼吸が浅くなる。
その時。
ガラッ。
教室の扉が開く。
反射的に身体が固まる。
でも。
入ってきたのは日下部だった。
遥はすぐに視線を逸らす。
何も言わない。
日下部も何も言わない。
ただ、自分の席の近くまで行って、忘れ物を取る。
それだけ。
すぐに出ていく。
そのはずだった。
「……」
日下部が止まる。
遥は顔を上げない。
数秒。
沈黙。
「今日」
日下部が言う。
「雨降るかもな」
それだけ。
それだけ言って、今度こそ出ていく。
扉が閉まる。
静寂。
遥は動かない。
顔も上げない。
でも、ペンを持つ指だけが、少しだけ止まっていた。
「……なんだよ」
誰もいない教室で、小さく呟く。
意味なんかない。
会話でもない。
心配とも違う。
優しさとも違う。
だから。
余計に分からない。
分からなくて。
困る。
そして。
その困り方を、遥は昔から知っていた。
知っているのに。
どうすればいいのかだけは、今も分からなかった。
コメント
1件
はーーーー!?もうここエモすぎるんだけど!!😭💦💦💦 日下部くんの「いる」って安心するとこ、めっちゃ刺さった……「重いな」って自己認識してるところがもう人間っぽくてダメだよ…。そして蓮司くん、遥のこと“知らない”って言い切る困り顔のニュアンスがめちゃくちゃ奥行きあって良すぎる…。最終行の遥の「困り方、知ってるのにどうすればいいか分からない」がこの作品の核心って感じがしてグッときた……。