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小さなその事件から二週間ほどが過ぎた。
その日私は途中のスーパーで買ってきた材料を持って、いつものように幼馴染たちの部屋に向かっていた。
最近は、私も時々買い物をしていくことにしていた。購入分のレシートを彼らに見せて、その分の代金をもらうという形を取っているのだ。ある日初めて食材を買って行った時、私も一緒に食べているのだからその分の代金はいらないと言ったのだが、二人は頑として首を縦に振らなかった。
「そこは最初に言った通り、うちで全部持つから」
結局私は折れて、それ以降は彼らのルールに従っている。
その分美味しいものを作ってあげようと考えながら、幼馴染たちのマンション前まで来た時だ。不意に目の前に人が立った。ぶつかりそうになったが、かろうじて避ける。
「ごめんなさい!」
私はすぐに謝ったが、対する相手は無言だった。
恐る恐る顔を上げてはっとした。驚きのあまり声がかすれる。
「あなた……」
「覚えていてくれたのね」
くすっと笑ったその人は、先日遭遇したあの派手な女性だった。今日もあの日のように目にまぶしい色彩のワンピースを着て、甘ったるい香りを振り撒いていた。
「久保田君のお知り合いさん、こんにちは。それとも、こんばんは、かしら」
関わりたくないと思った。咄嗟に目を逸らし、彼女の傍を足早に通り抜けようとした。ところが、彼女の声が追って来た。
「ちょっと待ってよ」
それを無視してさらに足を早めた。しかし、このまま部屋まで着いてきそうな雰囲気だ。
「何かご用でしょうか?」
仕方なく立ち止まって振り向いた。しかし、じりじりとエントランスの方に向かって後ずさりする。
私が警戒していることは分かったはずだが、彼女にはまったく気にした様子が見られない。
「ん~、用というか……。ねぇ、あなたって、久保田君と親しそうだったわね」
彼女の目が私の手元に向いた。
「もしかして、ご飯でも作ってあげてるの?」
「これは、その……」
「ふぅん、まぁ、いいわ。念のため確認したいんだけど、あなたは久保田君の彼女じゃないのよね?」
確認だと言って訊ねておきながら、私の答えを聞くつもりはないらしい。彼女はそのまま言葉を続ける。
「ねぇ、あなた知ってる?彼、好きな人はいるのかしら?久保田君って、どんな女の子が好き?知っているなら教えてほしいの」
諒に何度も告白を断られているようなのに、彼女はまだ諦めてはいないらしい。
私は眉をひそめ、深々とため息をついた。
「そういうことは、ご自分で直接本人に聞いてみた方がいいと思いますけど」
「それがねぇ、久保田君、私のこと、全然相手にしてくれないのよねぇ」
彼女はきらびやかな爪で飾られた手を頬に当てた。悩まし気な顔でふっと息を吐く。
「それならいっそ、周りから固めちゃおうかしらって思ってね。頑張って行動してみることにしたの」
「はぁ……」
頑張る方向が間違っているような気がする……。
私の呆れた様子は見えていないらしい。彼女は話し続ける。
「例えばあなたのように、久保田君のことを知っているんじゃないかっていう人に、彼のことを色々と聞いてみようと思ったの。それをもとに、改めてアプローチしてみれば、彼に好きになってもらえるんじゃないかな、って考えたのよね」
執念というか、バイタリティのようなものに、ある意味感心しそうになった。しかし、やりすぎだ。付きまとった挙句住まいを探し当てるとは、恐ろしい。
「本当に相手のことが好きなら、そういうことは普通やらないと思うんですけど」
「でも、好きだからこそ、どんな些細なことでも相手のことを知りたいと思うのは当然でしょ?本人から聞けないんだから仕方ないじゃない」
「だからって、そんな……。自分の知らない所で、あれこれ自分のことを聞いて回ってる人がいるなんて、嫌だと思いませんか?」
「だからそれは、彼のことを知りたいからよ」
「でも、彼はあなたのことを好きじゃない。あなたのことを、迷惑だと思っているのでしょう?だったらもう諦めて、他の人を探した方がいいと思いますよ。その方がずっと前向きです」
「なによ!知ったようなこと言わないで!」
「それに、待ち伏せするとか押しかけるとか、こういうのって、今まで以上に嫌われる原因になるんじゃないですか?そういうの、健気だなんて思う人はいませんよ。だってこんなの、ただのストーカーでしょ?怖いだけですもの」
「なっ……」
私ははっとした。彼女の表情が険しい。言い過ぎたとは思ったが苛立ちは収まらず、私の口は止まらない。
「私と彼とは、ただの知り合いです。好みだとか、今好きな人がいるのかどうかなんて、細かいことは何も知りません。だからご自分で最後にもう一度くらい直接ぶつかって、本人に聞いてみたらいかがですか。どうぞ頑張って。失礼します。さようなら」
私はぺこりと頭を下げて、くるりと彼女に背を向けた。ところが、彼女に腕をつかまれてしまう。
「ちょっと待って!ねぇ、私も一緒に連れて行ってよ」
「何を言ってるんですか?そんなこと言われても困ります。だいたい、どうして私に言うんですか?この前みたいに直撃してみたらいいでしょう?」
「だって……」
彼女が急にもじもじし始めた。
「やっぱりあなた、久保田君ととても親しそうに思えたから。あなたがお願いしてくれたら、もしかしたら『うん』って言ってくれるんじゃないかな、って思うのよね」
「お願いって何を……」
「私の気持ちを受け止めてくれるように口添えを……」
「まったく意味が分かりません。そもそも他人がお願いして、どうにかなるようなものじゃないですよね?この手、早く離して下さい」
「ねぇ、お願いよ」
「だから!どうして私が、見ず知らずのあなたと彼との間を取り持たなきゃいけないんですかっ!」
話が通じず苛々した。彼女と押し問答をしているところに、バタバタと慌てたような足音が聞こえてきた。
「こんな所で何やってるんですか!」
諒が顔を引きつらせて駆け寄ってくるのが見えた。