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放課後の相談室。夕日が窓ガラスを橙色に染め、長い影が床に落ちている。 扉がゆっくりと開き、一年生の女子が入ってきた。肩を落として、机の端を握りしめる。
「……あの、相談してもいいですか」
「おう、座れ」
日下部が指を差すと、彼女は小さく頷き、椅子に腰を下ろす。
「私……感情が、出せないんです」
言葉は震え、視線は床に落ちたまま。
「学校では笑ってるし、友達と話してるし、みんなと同じように反応してる。でも、家に帰ると、何も感じなくなるんです。悲しいことがあっても泣けないし、うれしいことがあっても笑えない」
日下部は黙って彼女の手元を見つめる。
「……それ、つらいな」
「はい……」
「感情を出せないって、自分の中に壁ができてるみたいなもんだ。見せると傷つくかもしれないって、無意識に守ってるんだろ」
女子は肩を震わせた。
「でも、守っても、なんか……空っぽで」
「そうだろうな」
日下部は机に肘をつき、声を落とす。
「空っぽに感じるってことは、逆に言えば、守れてるってことでもある。全部吐き出してしまったら、耐えられなくなるかもしれない。だから無意識にセーブしてるんだ」
沈黙が続く。
「……でも、疲れるんです。いつも自分を押さえて、笑って、平気なふりして」
「わかる」
日下部は目を細めて、少しだけ強めに言った。
「無理に出さなくてもいい。少しずつでいいんだ。吐き出すのは、一気にじゃなくてもいい」
女子は少し顔を上げ、ほんのわずかに笑った。
「……少しだけ、気が楽になりました」
「ならよかった」
ドアを開け、彼女は足取り軽く帰っていく。
日下部はひとり残り、窓の外を見つめた。
「……感情ってのも、勝手に出すもんじゃねぇんだな」
ぽつりつぶやく声に、ほんの少しだけ温度があった。