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要 九十九
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星キラリ

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眠狂四郎
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直人と付き合い始めてから三日が経った。
美咲は、朝から落ち着かなかった。
昨日の夜、直人から届いたメッセージを何度も読み返してしまったせいだ。
『明日、部室でな』
いつもなら何とも思わない言葉なのに、今は見るたびに顔が緩んでしまう。
恋人になったからといって、急に毎日が変わるわけではない。学校に行って、授業を受けて、放課後になれば花火部に顔を出す。それは今までと同じだ。
けれど、直人に会えると思うだけで、朝から少しうれしい。
そんな自分が恥ずかしくて、美咲は登校中、何度も頬を手で押さえた。
「……何してんねやろ、私」
誰に聞かせるでもなくつぶやき、足を速めた。
放課後、部室に入ると、直人は窓際の机で資料を読んでいた。
「お疲れさまです!」
いつも通り挨拶したつもりだった。
けれど、直人が顔を上げて笑った瞬間、美咲は妙に意識してしまった。
「ああ、お疲れさん」
たったそれだけ。
なのに、今までとは違う気がする。
美咲は自分の席に鞄を置き、必要以上に机の中を整理した。筆箱を出して、ノートを出して、筆箱を入れ直して、また出す。
「美咲」
「はいっ!」
思わず大きな声が出た。
直人が目を丸くする。
「……いや、そんなびっくりせんでも」
「ご、ごめん!」
「何か今日、忙しそうやな」
「別に忙しくないで!」
「そっか」
直人は笑いをこらえるように口元を押さえた。
美咲は机に突っ伏したくなった。
付き合い始めて三日。
まだ三日しか経っていないのに、直人の顔を見るだけでこんな調子だ。これでは、まともに話せるようになるまでどれだけかかるのだろう。
そこへ紗季が入ってきた。
「何してんの、二人とも」
「何もしてへんで」
美咲が即答すると、紗季は二人の顔を見比べた。
「……ふうん?」
「何やねん、その顔!」
「いや、別に?」
紗季は鞄を置きながら、わざとらしくため息をついた。
「美咲、分かりやすすぎるわ」
「何がやねん!」
「何でもない。ほな、準備しよか」
紗季はそれ以上追及しなかった。
その代わり、直人と目が合ったとき、ほんの少しだけ笑った。
美咲はそれを見逃さなかった。
「ちょっと、紗季!」
「何?」
「今、何か合図したやろ!」
「してへんけど?」
「絶対した!」
「ほな、証拠出してみ?」
「うわ、腹立つ!」
部室に笑い声が広がる。
いつものやり取りだった。
それでも美咲は、少し安心した。
恋人になったからといって、友達との関係まで変わる必要はない。自分が直人を好きになったことも、直人と付き合い始めたことも、今まで大切にしてきた時間をなくす理由にはならない。
そう思えた。
その日の活動では、来月の地域イベントに向けて展示物の準備を進めることになった。
写真の選定や説明文の作成、展示する順番など、決めなければならないことは多い。
「これ、去年の花火大会の写真やんな?」
美咲が一枚の写真を持ち上げた。
「せやな。人が多かった日や」
亮介がのぞき込む。
「俺、この日めっちゃ走り回ってん。受付の人が足りんくなってな」
「そうやったっけ?」
「そうやったっけ、やあらへん。お前、途中で焼きそば買いに行ってたやろ」
「だって、お腹すいてんもん」
「仕事中やぞ!」
「ちゃんと戻ってきたやん!」
「戻ってくるんは当たり前や!」
紗季が呆れたように笑った。
「二人とも、話がそれてるで。写真の説明、先に決めよ」
「はーい」
美咲は写真を机に並べ直した。
直人はその様子を見ながら、説明文の案を書いていた。
「この写真、使えると思うで」
直人が差し出したのは、花火が夜空に広がった瞬間を写した一枚だった。
光が大きく開き、見上げる人たちの顔まで明るく照らされている。
美咲は思わず身を乗り出した。
「うわ、これきれいやな!」
「去年、撮影に来てた人から提供してもらったんや。展示に使ってええって許可ももらってる」
「これ、絶対使いたい!」
「やっぱりそう言うと思ったわ」
直人が笑った。
「何で?」
「美咲、花火の写真見るとき、いつも目が輝くから」
「えっ……そうなん?」
「うん」
美咲は急に恥ずかしくなった。
自分では気づいていなかった。
花火が好きだということは、部員なら誰でも知っている。けれど、自分がどんな顔をして写真を見ているのかまで、直人が覚えているとは思わなかった。
「……よう見てるなあ」
「そら、部員のことは見てるで」
直人は何気なく答えた。
美咲は少しだけ考え、それから笑った。
そうだ。
直人は部長だ。みんなのことを見ているし、誰かが困っていれば気づいてくれる。
その優しさを、自分だけのものだと思いたいわけではない。
ただ、こうして自分の好きなものを覚えていてくれることが、うれしかった。
活動が終わると、紗季と亮介は駅前の店に寄ると言って先に帰った。
美咲は片づけをしながら、直人の様子をうかがった。
付き合い始めてから、二人きりになると、何を話せばいいのか分からなくなる。
今までなら、思いついたことを何でも話していた。授業であったこと、家で失敗したこと、テレビで見た面白い話。
それなのに、恋人になった途端、何か特別なことを話さなければならないような気がしてしまう。
「美咲、これ、そっちに置いてええ?」
「えっ、あ、うん!」
直人が箱を持って近づいてきた。
美咲は慌てて場所を空けた。
「……なあ、直人先輩」
「うん?」
「付き合うって、何したらええんやろ」
口にしてから、美咲は固まった。
何を聞いているのだろう。
直人も少し驚いたようだったが、やがて笑った。
「何したらって?」
「いや、何か……恋人って、今までと違うことするんかなって」
美咲は自分の言葉を整理しながら続けた。
「今まで通り話して、一緒に帰って、それだけでもええんかな。もっと何か、恋人らしいことせなあかんのかなって」
直人は箱を棚に置き、少し考えた。
「俺も、正解は分からへんわ」
「……え?」
「恋人やから絶対こうせなあかん、みたいな決まりはないんちゃうかな。美咲がしたいこともあるやろうし、俺がしたいこともあるやろうし」
「うん」
「せやから、二人で話して決めていけばええと思うで」
美咲はその言葉を聞いて、肩の力が抜けた。
自分だけが戸惑っているのではないのだ。
直人だって、これから二人でどんな関係を築いていけばいいのか、少しずつ考えている。
「……そっか」
「何か、したいことあるん?」
直人に尋ねられ、美咲は考えた。
一緒に出かけたい場所ならある。
話したいことも、見せたいものもある。
でも、今すぐ特別なことをしなければならないわけではない。
「……また、遊園地行きたい」
美咲は少し照れながら答えた。
「この前、みんなで行ったやん」
「うん。でも、また行きたいねん」
「みんなで?」
直人が尋ねる。
美咲は一瞬迷った。
そして、小さく首を横に振った。
「……二人で」
言った途端、顔が熱くなった。
直人は驚いたあと、柔らかく笑った。
「ええな。行こか」
「ほんまに?」
「うん。次は二人で行こう」
その返事がうれしくて、美咲は思わず笑顔になった。
「約束やで!」
「約束」
直人は小指を差し出すようなことはしなかった。
ただ、まっすぐにそう言った。
それでも、美咲には十分だった。
二人で行く遊園地。
今度は、友達と一緒ではない。
何に乗るか、どこでご飯を食べるか、どんな話をするか。考え始めると、楽しみなことが次々と浮かんでくる。
「いつ行く?」
美咲が尋ねると、直人は少し困った顔をした。
「今週は、進路のことで学校に残る日があるねん。その次の土曜やったら、今のところ空いてるで」
「私も空いてる!」
「ほな、その日にしよか」
「うん!」
美咲は、忘れないように携帯の予定表を開いた。
日付を入力して、予定の名前を考える。
遊園地。
二人で遊園地。
そう打ち込んでから、何だか恥ずかしくなって、画面を直人に見られないようにした。
「何て入れたん?」
「見んといて!」
「何でやねん」
「ええやん、別に!」
直人は笑って、それ以上聞かなかった。
美咲は予定を保存した。
たった一つの約束。
けれど、それは二人が初めて、恋人として一緒に過ごす時間を決めた瞬間だった。
駅へ向かう途中、美咲は直人の隣を歩きながら、さっきの約束を何度も思い返していた。
次の土曜日。
二人で遊園地に行く。
それだけで、いつもの一週間が少し違って見える。
「直人先輩、何乗りたい?」
「そうやなあ。前に乗ったジェットコースター、もう一回乗りたいかな」
「えっ、あれ怖くなかったん?」
「怖かったで」
「怖かったんかい!」
美咲が笑うと、直人も笑った。
「怖いけど、楽しかったからな」
「私、次は一番前に乗りたい!」
「ほんまに? 前、叫びまくってたやん」
「それはそれ! 楽しいねんからええねん!」
「ほな、前の席に乗れるように並ぼか」
「絶対やで!」
会話は自然に続いた。
恋人になったからといって、特別な話ばかりする必要はない。好きなものの話をして、くだらないことで笑って、次に会う約束をする。
そんな時間が、少しずつ二人の間に増えていくのだろう。
駅に着くと、直人が改札の前で立ち止まった。
「今日は、楽しかったな」
「うん。私も!」
「来週、楽しみにしてるわ」
「私もめっちゃ楽しみ!」
美咲は手を振って改札を通った。
電車を待ちながら、携帯を開く。
予定表には、二人で遊園地に行く日が記されていた。
その文字を見るだけで、また笑ってしまう。
これから先、二人でどこへ行くのだろう。
どんな話をするのだろう。
直人の知らない自分を知ってもらい、自分も直人の知らない一面を知っていく。
きっと、楽しいことばかりではない。
意見が合わない日もあるかもしれない。会いたいのに会えない日も、寂しくなる日もあるかもしれない。
それでも、二人で話して、二人で決めていけたらいい。
美咲は、そんな未来を少しだけ想像した。
まだ具体的な形はない。
どこに住むのかも、どんな仕事をするのかも、何も決まっていない。
ただ、直人と一緒に笑っていたい。
その願いが、今の美咲にとっては大切だった。
その夜、直人からメッセージが届いた。
『遊園地、何時に待ち合わせる?』
美咲はすぐに返信した。
『早めがええ! いっぱい遊びたい!』
『分かった。じゃあ、開園時間に合わせようか』
『うん! 遅刻したらあかんで!』
『美咲こそな』
『私は大丈夫やもん!』
送ってから、美咲は自分の言葉に笑った。
忘れ物をすることも、寝坊しそうになることも、これまで何度もあった。
それでも、直人はからかいながら、ちゃんと約束をしてくれる。
しばらくして、もう一通届いた。
『今日はありがとうな。二人で出かけるん、楽しみにしてる』
美咲は画面を見つめた。
何度読んでも、うれしかった。
『私も! 今日はありがとう。おやすみ!』
送信してから、携帯を胸元に置く。
恋人になって、まだ数日。
二人の関係は始まったばかりだ。
これから、どんなことが待っているのかは分からない。
けれど、初めての約束をした今日のことを、美咲はきっと覚えているだろう。
特別な贈り物があったわけではない。
大きな言葉を交わしたわけでもない。
ただ、二人で出かける日を決めた。
それだけなのに、未来に小さな楽しみが一つ増えた。
美咲は目を閉じた。
来週の土曜日が、待ち遠しかった。
コメント
1件
いやあ、良かったです……! 美咲の「付き合うって何したらええんやろ」っていう戸惑い、めっちゃ共感しました。恋人になったことで逆にギクシャクしちゃう感じとか、紗季に速攻バレるわかりやすさとか、青春の甘酸っぱさが詰まっててニヤニヤしました。最後の遊園地の約束、二人で決めたっていうのがじんわり来るなあ。次の土曜日が待ち遠しいって気持ち、めっちゃ分かります!