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不思議な空気感の2人。 お互い特別な異性として維持するまでには至って無い? 何か後押しするきっかけが無いとそうならないのかな??
そこで杉田は華子に陸が退役した時の話を始めた。
「陸さんの名前は自衛隊界隈では有名でしたから、退役する時にはあちこちから引っ張りだこで大変だったんですよ」
「引っ張りだこ?」
「はい。政治家のSPの依頼もありましたし、警備会社や橋梁を扱う大手建設会社などの重要なポストへの誘いもありましたよ
ねっ?」
杉田は陸に聞くと、陸は「そうだったっけ?」という顔をしてとぼける。
「政治家のSP? なんかドラマみたい!」
華子は以前SPを題材にしたドラマにはまっていた時期がある。
そんな華子の反応を見た杉田は、ニヤッとして言った。
「陸さんはボールペン1本あれば、その場ですぐに人を殺せるくらい強いんですよ」
「えっ? ボールペン1本で? 噓っ! 本当に? どうやったらそんな事が出来るの?」
興奮した華子を横目に見ながら、陸が杉田に言う
「もうその辺でやめておけ」
「へーい! じゃあ伊勢海老が焼き上がりましたんでどうぞー、熱いのでお気をつけて。お次は旬の焼き野菜をお作りしまー
す」
杉田は話を中断すると、伊勢海老を二人の前に置いた。
華子は興味ある話が途中で中断されたので少しむくれていたが、目の前に出された伊勢海老を見て途端に笑顔になる。
そして早速伊勢海老を口の中に入れた。
「はふっ、おいひーーーい!」
熱々の伊勢海老は甘くてとても美味しかった。
二人が伊勢海老を食べ終わる頃、
杉田はタイミングよく焼き野菜を皿に載せてくれた。
野菜は、火を通す事によって甘みが引き出され素材の味が生きてとてもなんとも美味だ。
「次はいよいよメインの常陸牛に行きますよー」
すると杉田はリズミカルな手さばきで、高級牛に火を通し始めた。
ちょうど良い塩梅に焼き上がると、サクサクッと手早くサイコロ状に切り分けて二人の皿の上に載せる。
早速一口食べた華子は、
「おいしーい! すっごく柔らかい! しあわせー」
華子が美味しそうに食べる様子を、隣から陸が微笑んで見ていた。
その後は、サラダとガーリックライス、お椀と香の物が出てコース料理は終了した。
そして最後にデザートとコーヒーが出される。
デザートは、ティラミスとピスタチオのアイスクリーム。そして、その横にイチゴとキウイが添えられていた。
華子はデザートもペロリと平らげる。
そんな華子を見ながら陸は思う。
(普段は気が強いくせに、こういう時は普通の女の子と変わらないんだな)
デザートを食べ終えると二人は席を立った。
時刻は既に十時を過ぎている。
会計は陸がしてくれた。
高級牛のコース料理なので、かなりの金額になっただろう。
会計を終えると、杉田が出口で見送ってくれた。
「ありがとうございました」
「凄く美味しかったわ! また絶対来まーす」
「是非お待ちしております。また自衛隊の話で盛り上がりましょう」
杉田は微笑んで言うと二人にお辞儀をした。
「じゃあな」
陸は杉田に手を挙げてから店を後にした。
歩きながら華子が言う。
「杉田さんって、いい人ね」
「うん、あいつは自衛隊でもいつもムードメーカー的な存在だったからなぁ」
「杉田さんはなんで自衛隊を辞めちゃったの?」
「あの店はあいつの親父さんの店なんだよ。親父さんが亡くなった後は長男が跡を継いでいたんだが十年前に病気で亡くなって
ね。それで急遽アイツが継いだんだ」
「へぇーそうなんだ…みんな色々と事情があるのねぇ」
「うん、みんな何かしら抱えてるよな…」
珍しく陸がしみじみと言ったので、華子はちらりと陸を見た。
(この人も何か背負っているものがあるの?)
ふとそんな考えが華子の頭をよぎった。
それから二人はタクシーでマンションへ戻った。
先にシャワーを使っていいよと陸が言ったので、華子はサッとシャワーを浴びてからリビングへ行った。
すると陸はダイニングテーブルの上にノートパソコンを広げて、何やら作業をしている。
華子が冷蔵庫から水を取り出す時に画面がチラッと見えた。
数字で埋め尽くされた表のようなものが表示されていた。おそらく仕事をしているのだろう。
華子はペットボトルの水を持ったままソファーへ座る。
そして、パソコンへ集中している陸に向かって言った。
「今は自衛隊とは全然違う仕事をしているじゃない? それってどうして?」
「ん? ああ…特に理由はないけれど、たまたま知人に誘われたからだよ」
「知人って?」
「自衛官時代に知り合った人だ。災害ボランティアによく来ていた人で、何度か会う機会があったんだ」
「ふぅん、何歳くらいの人?」
「うーん、今年68くらいだったかなぁ?」
「おじさんじゃない! ううんおじいさんかな?」
「高津さんはしょぼくれてなんかいないぞ。いくつも会社を経営していてとても精力的な人だから」
「高津っていうんだ」
「ああ」
そこで陸はまた画面に集中する。しかし華子はまた陸に話しかけた。
「自衛隊の仕事と今の仕事って全然違うじゃない? 不安はなかったの?」
「うーん、全くないと言えば嘘になるけれど、でも新しい分野への好奇心の方が強かったかな」
「ふぅん…そういうもんなんだ…」
「君は何か興味のある事はないのか? これがやってみたいとかこうなりたいとか」
「それを今探しているんだけれど、なかなか見つからないのよ」
「そうか…まあ焦る事はないさ、まだ20代なんだし」
「うん、そうね、じゃあ私は先に休むわね」
華子はそう言ってペットボトルを持ったままリビングのドアへ向かった。
陸はリビングを出る華子へ、
「おやすみ」
と声をかけると、また仕事へ戻った。