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優人に手術をしてもらった野坂は、すでにリハビリに励んでいた。
以前あれほど悩まされていた手足のしびれはほとんど消え、体の不調も優人の手術によってほぼ解消されていた。
その日、リハビリ室で作業をしている野坂のもとへ、優人が様子を見にやってきた。
「野坂さん、どうですか?」
「ああ、先生。もうすっかり、しびれもなくなりましたよ」
「それはよかった。頭痛は?」
「それもないですね。目のかすみも、だいぶ晴れたような気がします」
「神経への圧迫が取れたからでしょう。順調で何よりです」
優人が微笑むと、野坂は笑顔を返しながらふと声を潜めた。
「先生……七星ちゃんの噂、聞きました?」
「噂?」
「ほら、特別室に入った人とのことですよ」
「ああ……」
もちろん優人は知っていたし、気にもしていた。だが、あえて平静を装う。
すると野坂は、呆れたように言った。
「あんな根も葉もない噂、気にしちゃだめよ」
「え?」
「七星ちゃんは、そんな子じゃありませんから」
「え、ええ……。でも、どうして僕に?」
「見てれば分かりますよ」
「分かる? 何がですか?」
「先生は七星ちゃんに好意を持ってるでしょう?」
「…………」
突然の指摘に、優人は言葉を失った。
「噂で聞きましたよ。亡くなった奥様にそっくりなんですってね、七星ちゃん」
「え?」
「看護師たちがぺちゃくちゃ話しててね。私の耳にも入ってきましたよ」
優人は目を見開いたまま、深くため息をついた。
「参ったな……」
「ふふ。でも、七星ちゃんはまだ知らないみたいですよ。だから、早く言ってあげてください」
「言うって、何をですか?」
「“奥様に似てる”ってことですよ」
優人はその言葉の意味が分からず、首をかしげた。
「なぜ、言わないといけないんですか?」
その問いに、野坂はため息をつきながら呟いた。
「あらあら、困ったもんだ……」
「すみません、ちょっと意味が……」
「奥様に似てるから親しくしてるんだって、他人から聞かされたらショックでしょう? だから先生の口から言わないと。似てるから近づいたわけじゃないって、ちゃんと説明してあげなきゃ」
野坂の言いたいことは理解できた。
だが、優人自身、七星と親しくしている理由を深く考えたことがなく、まだ腑に落ちない部分もあった。
その様子を見て、野坂は呆れたように言った。
「先生、自分の本当の気持ちから目をそらしてるね。そんなんじゃ、七星ちゃんが可哀想だよ」
「可哀想?」
「そう。あの子はキャバ嬢時代にいろいろ苦労してたみたいだからねぇ。“ちょっかい出してくる男は多かったけど、真剣に向き合ってくれる人はいなかった。興味本位で優しくされても嬉しくない”って、よく言ってたよ。だから、先生が本気じゃないなら、むしろ構わないであげたほうがいい」
「…………」
野坂の言葉に、優人は返す言葉が見つからなかった。
「あたしゃ、あの子が泣くところは見たくないんだよ」
七星を気にかける野坂の言葉に、優人は尋ねた。
「野坂さんは、どうしてそこまで彼女のことを……?」
野坂はふっと笑った。
「似てるんだよ。あたしの若い頃にさ」
「野坂さんの若い頃に?」
「そう。だから放っておけなくてね。それに、あたしには子供がいないから、あの子が娘みたいに思えるんだよ。七星ちゃんを傷つける男がいたら、あたしが黙っちゃいないよ!」
豪快に笑う野坂を見て、優人は少し考え込み、静かに口を開いた。
「……自分の気持ちが分からないんです」
「分からない?」
「妻が亡くなってから、ずっと死んだように生きてきました。天職だと思っていた外科医の仕事にも身が入らず、逃げるようにこの街へ来たんです。そこで、妻にそっくりな彼女に出会った。野坂さんの言う通り、僕は彼女に惹かれているんだと思います。でも、それが彼女自身に惹かれているのか、妻に似ているからなのか……分からなくて……」
苦しげに告白する優人に、野坂は優しく言った。
「奥さんに顔が似てたら、誰にでも惚れるのかい?」
「え?」
「顔さえ似てればいいのかい?」
「い、いえっ、そんなことは……」
「だろ? じゃあ、七星ちゃんの中身に惹かれてるってことなんだよ」
言われてみれば、その通りだった。
最初は妻に似ているという理由で彼女に興味を持った。
だが、彼女は妻とは正反対だった。
そんな彼女と接するうちに、知らなかった一面に触れ、ますます惹かれていったのは事実だ。
「おっしゃる通り……かもしれません……」
「ははっ、顔が似てるってのはややこしいね。じゃあさ、こう考えてみな。もし七星ちゃんが今、奥さんと同じ病気になったら、どうする?」
優人は考えた。
妻と同じようには絶対にさせない。
なんとしても助けるだろう。
「……何としてでも助けます」
「そうだろう? それが答えだよ」
野坂は満足そうに微笑んだ。
そのとき、リハビリ担当の理学療法士が野坂を迎えにきた。
「野坂さん、お時間ですのでそろそろ病室へ戻りましょうか」
「はいよ」
野坂は道具を机に置き、優人に向き直った。
「先生、じゃあね。いろいろ話せて楽しかったよ」
「お大事に」
理学療法士に支えられながら病室へ戻っていく野坂の背中を見送りながら、優人は真剣な眼差しで、何かを深く考えていた。
コメント
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七星さんの生い立ちで、親の影響で人生が変わるのを私の幼なじみと重なりました。中学校から暴走族になりその後は裏の社会に行って今は、何をしているのかも分かりませんが、七星さんはバイクに乗ってタバコも吸って、キャバクラで働いていた過去があっても芯は、しっかりしていて、将来の夢も持っていてとても素敵ですね。 今迄の作品とは違う感じで、これからの展開が楽しみです!
野坂さんの言葉は深いですね よく人間観察していて的確な言葉で優人先生の迷いを払拭していきましたね この言葉を聞いて優人先生どう動くのか❓マリコ様明日がまでません‼️
人生の先輩、野坂さん! 言葉に重みがありますね。 とても良い話をしてくれて優人先生も先に進めそう😊 七星ちゃんにもきちんと話をしましょうね