テラーノベル
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ドアはノックもなく開いた。
顔だけ出して、相談者は言う。
「今日、空いてる?」
蓮司は椅子にもたれたまま、ペンを回してる。
顔も上げずに、
「今のところ、世界を救う予定は入ってないな」
「じゃ、入るわ」
勝手に椅子を引いて座る。
いつものやつだ。緊張はしてない。でも、軽くもない。
「なあさ」
少し間を置いて、相談者が言う。
「自分の話するとさ、場が止まる気しない?」
蓮司はペンを止めた。
でも、すぐに相槌は打たない。
「止まる、って?」
「空気が一瞬、凍る感じ。
みんなの顔が『あ、そういう話なんだ』ってなるやつ」
相談者は笑ってる。
でも、その笑いは場を温めるためのやつで、自分のためじゃない。
「別に暗い話してるわけじゃないんだよ。
ただの自分の話。
なのに、言った瞬間、音が消える」
蓮司はようやく顔を上げた。
「で、最近は?」
「話さない」
即答だった。
「話さないほうが、うまく回る。
笑いも続くし、変な空気にもならない」
「優秀だな」
「褒めてる?」
「事実を言ってるだけ」
相談者は少し肩をすくめた。
「でもさ、楽しい時間のあと、急に落ちるんだよね。
あれ、俺今日なに話したっけ、って」
蓮司は机の上のメモ用紙を一枚、指で弾いた。
「それ、“空気を読む”じゃなくて、“空気を守る”側の人間だ」
「なにそれ」
「場が壊れないように、
自分の話を削って、角を落として、音量下げてる」
相談者は黙った。
思い当たる節が多すぎた顔だ。
「でな」
蓮司は続ける。
「その役やってると、だんだん確認するようになる」
指を折る。
「誰にも説明しなくていいか。
責められないか。
自分で自分を否定しないか」
相談者が小さく息を吐いた。
「……それ、全部考えてる」
「だろ」
蓮司は軽く笑う。
「場が止まるのが怖いんじゃない。
止まったあと、誰も拾ってくれないのが怖い」
相談者は視線を落としたまま、指先をいじる。
「じゃあさ」
少しだけ声が低くなる。
「俺が悪いの?
話す内容が、つまんないとか?」
「違う」
蓮司は即答した。
「場ってのはな、勢いで回ってるだけだ。
深さには対応できてない」
「深さ?」
「自分の話ってのは、だいたい深さがある。
深いもの落とすと、場は一瞬止まる」
蓮司は肩をすくめる。
「止まる=失敗、って思われがちだけどな。
止まるのは、考え始めた証拠でもある」
相談者は少し驚いた顔をした。
「じゃあ……止まっても、いい?」
「全部じゃなくていい」
蓮司は椅子をきしませながら言う。
「今日は話さない、って日があっていい。
でも“ずっと話さない自分”を標準にするな」
「……難しくない?」
「難しい。
だからみんな、やらない」
間が落ちる。
でも、さっきまでの沈黙とは違う。
「なあ」
今度は蓮司のほうから声をかけた。
「今日は、自分の話してみるか?」
相談者は少し考えてから、笑った。
「今日は、やめとく」
「正解」
「え」
「選べたからな」
相談者は一瞬きょとんとして、
それから、少しだけ楽そうに笑った。
「……また来ていい?」
「場が止まっても、ここは回り続けるぞ」
そう言って、蓮司はまたペンを回し始めた。
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