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直也のマンションから勤務先の大学病院までは近い。

夜中に呼び出されることがあるこの職業では、病院の近くに住むのが基本だ。


直也は病院へ着くと、従業員通用口を通り精神科医局へ向かった。


医局に一歩足を踏み入れると、圭が待ち構えていたように直也の傍に寄ってきた。




「直也君、おはよーう! どうだった? 熱ーい夜は?」

「覚えてねーよ」

「ヤッたのは女のマンションか?」

「ああ。汚い部屋でテンション下がったわ。カップ麺や菓子のゴミだらけでさ」

「え? 意外だな! 愛奈(あいな)ちゃんは家事が得意だって言ってけどなぁ……料理も毎日するみたいなこと言ってたし」

「あの子、愛奈っていうのか」

「名前も知らずに寝たのかよ。お前最低だな」




圭は嘆くように言った。

そんな圭のことなど気にせずに、直也は紺色のスクラブスーツに着替えて白衣を羽織ると、まだ何か言いたそうにしている圭を置いて、自分のデスクへ向かった。

途中、コーヒーをカップに入れてから椅子に座ると、栞の顔が再び頭をよぎった。




(参ったな……)




直也は口元の髭を右手で撫でながら、今日担当する外来患者のリストに目を落とした。





その頃、栞は高校の教室に入ろうとしていた。

教室内の窓際では、栞を無視している坂口理子(さかぐちりこ)と富沢早紀(とみざわさき)が楽しげに話をしている。

栞はあえてその方向を見ないようにし、自分の席へ着いた。

昨日までは、この瞬間涙が溢れそうになったが、今朝は違った。



(自分は何も悪い事をしていないのだから、堂々としていればいい)



栞は、あの本に書かれていた通りに実行しようと心に決めた。


昨日直也からもらった本を鞄から取り出すと、栞はもう一度ページをめくり始める。

そして、本に記されている大まかな要点へ目を通した。




『自分をきちんと持っている人は、ズルい人から狙われにくい』

『人を見抜く力を養おう』

『温かい心を持たない人間とは、距離を置こう』

『自分を犠牲にするような人間関係は今すぐ捨てて、新しい出会いを探してみよう』




最後の一文を読み終えた栞は、斜め前に座る女生徒に目を向けた。

彼女の名前は小川綾香(おがわあやか)。昨日、栞がふと思い出した、いつも一人で過ごしている同級生だった。


その瞬間、栞は決心した。




(今日の昼休み、彼女に話しかけてみよう!)




そう心に決めた栞の顔は、とても穏やかな表情をしていた。



栞をさりげなく盗み見ていた坂口理子の顔には、不審な表情が浮かんでいた。

昨日まで泣きそうな顔をしていた栞が、今日はどこか元気そうに見えるからだ。

理子はイライラしながら、目の前にいる富沢早紀に八つ当たりを始めた。

突然機嫌を悪くした理子に、早紀は驚いた様子だった。


理子は、栞に告白した男子生徒に対し、以前から想いを寄せていた。

その男子生徒が栞に告白したことを知ると、理子は一方的に栞との友達関係を解消し、無視したりちょっとした嫌がらせを繰り返している。

それだけではない。早紀に対しても「今後一切栞と関わらないで!」と命令していた。


理子が栞に仕掛けた嫌がらせは、彼女が男子生徒に色目をつかっているという噂を流したり、彼女の下駄箱に避妊具を置くといった、非常に悪質なものだった。

これらの嫌がらせが理子によるものだと栞は知っているはずなのに、何一つ言ってこない。

それが理子をさらに苛立たせた。

情けで仲間に入れてやった栞が、理子の想い人を奪ったことが、理子はどうしても許せなかった。


そのときチャイムが鳴り、午前の授業が始まった。




昼休みになると、栞はコンビニで買ったサンドイッチを手に、学校の裏庭へ向かった。

裏庭のベンチには、綾香がいるからだ。

栞が裏庭へ着くと、綾香はちょうど膝の上に弁当を広げたところだった。



(よしっ!)



意を決した栞は、彩香のそばに近づき、勇気を振り絞って声をかけた。





「小川さん、隣に座ってもいい?」





突然声をかけられた彩香は、驚いた顔で栞を見た。

しかし、それが栞だとわかると、すぐに笑顔を浮かべて言った。




「どうぞ!」




綾香は少し横へ移動してくれた。

栞は「おじゃまします」と言って隣に腰を下ろす。

その瞬間、栞の脳裏には、直也からもらった本に書かれていた一文が思い浮かんだ。




『真の友人を見つけたい時は、ありのままの自分、素直な自分を相手にさらけ出してみよう』




そこで栞は、サンドイッチの袋を開けながら、緊張気味にこう言った。




「私ね……ハブられちゃったの……」




栞の心臓は、緊張でドキドキと大きな音を立てていた。

すると、綾香が微笑みながら言った。



「私と同じね!」



栞はその瞬間、初めて綾香の笑顔を目にした。

彼女の優しい言葉に胸が熱くなる。

思わず涙が溢れそうになったが、栞はその感情をグッと抑えると、笑顔を浮かべながらこう尋ねた。




「小川さんって、いつも本を読んでるよね? 読書、好きなの?」

「うん、好きよ。鈴木さんも本が好きでしょう? 私、二年生の頃、鈴木さんをよく図書室で見かけたわ」




その返事を聞いて、栞は驚いていた。


高校二年の時、二人は違うクラスだった。もちろん、栞は彩香のことを知らなかった。

しかし、綾香は栞を図書室で見かけたと言っている。栞のことを、前から知っていたのだ。

その事実が嬉しくて、栞は笑顔でこう答えた。




「うん。二年の時は、結構頻繁に図書室に寄ってたかも」




父が単身赴任になってから、家に居場所がなくなった栞は、なるべく家に遅く帰りたくて、アルバイトがない日は図書室へ寄って時間を潰していた。おそらく綾香はそれを見ていたのだろう。

気さくに話しかけてくれる綾香を見て、栞は彼女と友達になりたいと思った。




「今読んでいるのは何か聞いてもいい?」

「今は、これ!」




綾香がブックカバーを外して、本の表紙を見せてくれた。



「あ! 『クイーン・デューサ』ね! 私も読んでるよ」

「本当? 何巻まで読んだ?」

「最新の32巻まで!」

「えー、いいなー。もしかして全巻持ってるの?」

「持ってるよ。この話、大好きなの」

「うわぁ、羨ましい! 私、中古で一巻から集めてるんだけど、どうしても14巻だけ見つからなくて……」

「うちにあるよ。明日持ってきてあげる」

「本当? ありがとう!」




そこからは、互いの好きな本や志望校の話で大いに盛り上がった。

偶然にも、綾香は栞と同じ慶尚大学を受験するらしい。

目指す学部は違ったが、二人ともその大学が第一志望だと分かり、「一緒に頑張ろうね」と誓い合った。



その日、裏庭ではチャイムが鳴るまで二人の楽しげな笑い声が響いていた。

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