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宗輔とのことを公にしてからは、急に慌ただしくなった。
このまま流れに乗ってしまおうと、私たちは早速日程を調整して、結婚の了承を得るために改めて互いの実家を訪れた。そこからは結婚に向けた諸々のイベントごとや準備を進めながら、私は少しずつ彼の部屋に荷物を運び入れた。忙しかったけれど、この先に彼との未来があるのだと思えば、それさえも楽しいものに思えた。すでに一緒に暮らすような生活を始めてはいたが、自分の部屋を解約して彼の部屋に完全に移ったのは、年度が改まってからだった。ちなみに新しい住まいは、これからゆっくり探すことになっている。
結婚式は少し先だ。「マルヨシ」という彼の家のことを考えた時には、どれだけ盛大な式にしなければならないのかとびくびくしたものだったが、親戚と親しい友人たちを招待しての結婚式となる予定だ。マルヨシの関係者向けの披露パーティとしての場は、その後に設けることになるだろう。
そして今日は、桜が咲き誇る公園に前撮りで来ている。ここは宗輔から気持ちを打ち明けられた思い出の公園でもある。
その宗輔は白羽織にグレーがかった袴姿。
私はゆったりと編み込んだ髪を下ろし、淡い薄桃色の着物をまとっている。
用意が整い、しずしずと現れた私を見て、宗輔がため息をついた。
「綺麗すぎるだろ――」
周りには家族たちがいるのにと、私は真っ赤になる。
「恥ずかしいからやめて」
「いいじゃないか。褒めてるんだから」
それが皮切りとなってしまったのか、今度は両家の親たちまでもが口々に言い出す。
「本当に綺麗ねぇ。宗輔には、もったいないわ」
「我が娘ながら、本当に見違えたものだわ」
「まったくだ。こんな姿を見られる日が来るなんて感慨深いな」
「いやはや、こんなに綺麗な娘ができて、本当に嬉しいねぇ」
身びいきにも程がある。どんな顔をしたらいいのか分からなくなってしまい、私はうつむいた。
「みんな、そろそろその辺りでやめてやった方がいい」
宗輔は可笑しそうに笑っている。
私はますます赤面しながら彼に文句を言った。
「宗輔さんが最初に言い出したからでしょ」
「俺は本当のことを言っただけだぞ」
「本当のことって、またそんなこと言って……」
甘ったるい私たちのやり取りを、両親たちはにこにこと見守っている。そんな中、私の母が急に涙声となって言い出した。
「宗輔さん。佳奈のこと、よろしくお願いします」
彼は母に向き直り、表情を改めて力強く頷いた。
「佳奈さんのことは幸せに、大切にします。だから安心してください」
「もう、お母さんったら。結婚式はまだ先なのよ。泣くのはその時まで待ってよ」
鼻の奥がつんとしそうになるのをごまかすように、私は明るい声で言った。
「あらやだ、そうよね。ごめんなさい」
撮影の準備を終えたカメラマンが、私たちを呼ぶ。
「すみません、お二人とも。そろそろ撮影始めてもいいですか?」
「はい。佳奈、手、貸して」
「ありがとう」
私は彼の手のひらに自分の手を重ねた。
そのまま手を引かれて、カメラマンが指示した場所まで移動する。
並んだ私たちにカメラマンはにこやかに言った。
「自由に動いて頂いて大丈夫ですからね」
「自由にって、どうすれば……」
私は戸惑い、宗輔の顔を見上げた。
「プロだから、なんとでもできるってことなんじゃないの?それなら……」
私の額に彼の唇が触れた。
「なっ、ちょっと!」
慌てる私ににやりと笑ってみせてから、彼はしれっとした顔でカメラマンに訊ねる。
「今みたいな感じでもいいんですか?」
「はい!今の、すごくいい感じでしたよ!」
「……うそでしょ」
私は熱くなった頬を抑える。
彼は身をかがめて私の目の前に頬を向けた。
「ほら。佳奈も俺にキスして」
「えっ!」
ギャラリーと化した親たちは、微笑ましそうに私たちを眺めている。
隣を見れば、宗輔が私のキスを待っている。はじめは戸惑っていた私だったが、その表情が可愛らしく見えてきて、可笑しくなってくる。くすくすと笑いながら、私はその頬にキスをした。
カメラマンの声が飛んでくる。
「今のもいいですね!普通に二人で並んでいるところも、何枚か撮らせてくださいね!」
「普通にって、どうすればいいのかしら?」
「さぁ、どうしようか」
私と宗輔は手を取り合って、笑いながら顔を見合わせた。
「今の感じも素敵ですよ!」
桜の香りに包まれながらの撮影は順調に進み、無事に終わった。
そしてこの日、私は「高原佳奈」になった。