始業前の学校は、まだ少し寒い。
そんな時間帯に、相談室の扉がゆっくり開いた。
「……あの、入ってもいい?」
入り口に立つ生徒の顔には、寝足りなさとも違う、深い倦怠の影が落ちていた。
「もちろん。どうぞ」
日下部は椅子を示す。生徒は鞄を床に置くと、まるで体の重さに負けるように腰を下ろした。
「……朝、起きるだけで、もう疲れてるんです」
開口一番の言葉は、弱音というより“報告”に近かった。
「起きた瞬間に、“今日どうしよう”って思う。気力が0っていうか……目覚ましの音が、もう負けた感じに聞こえるんですよ」
生徒は机に肘をつきながら、力なく笑う。
「別に夜更かししてるとかじゃないんです。でも……起きた時点で“もう無理”って思ってる自分が嫌で」
日下部は、頷きながら慎重に言葉を探した。
「それ、寝てても休めてないってことだ」
「……休めてない?」
「そう。眠ってるとき、本当は体が休んでるはずなのに……心のほうがずっと戦ってる。だから起きた瞬間に疲れが残ってる」
生徒はその言葉に、思わず顔を上げた。
「……戦ってる、って感じは、あります」
続ける声は、震えてはいないのに、どこか透明で脆い。
「昨日のこととか、今日の予定とか……朝って、一番最初に全部思い浮かぶじゃないですか。そこで一気に気が重くなって……布団から出るのにすごい時間かかるんです。みんな普通に起きてるのに、自分だけダメみたいで」
日下部は、机の上に置いたコーヒーのカップを目で追いながら、ゆっくり言った。
「“普通に起きれるのが当たり前”って思うから、しんどくなるんだ。実際は、朝を乗り越えるのがいちばん大変な子、けっこういる」
「……そうなんですか」
「ああ。朝って、一日の重さが全部のっかるから。苦手でも不思議じゃない」
生徒はしばらく黙り、指先をいじったあと、ぽつりと呟いた。
「……誰かに言ったら、甘えてるって思われそうで」
「思われない」
日下部の言い方は、強くはない。でも妙に“芯”があった。
「甘えじゃなくて、限界。お前が弱いんじゃなくて、背負ってる荷物のほうが重すぎるだけ」
その言葉に、生徒の目がゆっくり潤む。
「……朝だけじゃないかもしれません。最近、全部……重いです」
「それなら、なおさら一人で抱えないほうがいい」
日下部は視線を合わせる。
「まずは、朝の最初の一手を軽くしてみよう。布団の中で深呼吸ひとつだけでもいい。“起きる”じゃなくて、“動き始める準備”をする感覚で」
「……そんな小さいことで、変わるかな」
「変わる。“起きられなかった自分”を責めにくくなる」
生徒は、ようやく小さく息をついた。
「……ここ来ると、ちょっとだけ、朝の重さが薄まります」
「それなら、いつでも来ていい」
やさしく言うわけでも、同情するわけでもない。
日下部の声には、不器用だけど確かな“居場所”の温度があった。







