栞が家に帰ると、義理の母・弘子(ひろこ)と、義理の姉・華子(はなこ)が珍しく家にいた。
弘子と華子がこの家に来たのは、栞が中学二年のときだった。
銀行員の父が、前にいた支店で副支店長をしていた頃、取引先の社長からバツイチの弘子を紹介された。
転勤族の父は、栞に母親が必要だろうと考え、数回しか会ったことのない弘子との結婚を決断した。
紹介者が信頼できる人物だったこともあり、大丈夫だろうと判断したのだろう。
弘子は、最初は良き母を演じていた。
しかし、二年前に父が単身赴任になったのを機に、少しずつ本性を表し始めた。
裕福な家庭で育った弘子は、家事が苦手だった。
父が家にいる時はきちんと作っていた食事も、父がいなくなるとデパ地下の総菜や出前に頼るようになり、家の中も次第に荒れていった。
専業主婦の弘子は、父が家を離れてから毎日のように着飾って外出していた。
栞にとって、弘子が家にいないのは好都合だったが、彼女が外で何をしているのか、誰と会っているのかは聞いたことがない。
なぜか聞いてはいけないような気がしていた。
一方、義理の姉・華子も、ほとんど家にいなかった。
大学2年生の華子は、サークルやアルバイトに忙しく、毎日帰宅が遅い。
大学一、二年の間は、一般教養の履修で忙しいとよく聞くが、彼女の場合、勉強以外のことで予定が埋まっているようで、一体いつ勉強しているのだろうかと、栞はいつも不思議に思っていた。
華子は、二年前、慶尚大学を受験したが不合格となり、現在は唯一合格した緑山学院大学に通っている。
派手な服に身を包み、ブランドのバッグを持ち歩いている華子を見て、栞はバイト代だけでそんな高価な物が買えるのだろうかと、いつも疑問に思っていた。
小学校から高校まで私立に通っていた華子は、都立高校へ通う栞とは感覚が大きく異なる。
姉妹とはいえ、この家に来てからほとんど家にいない華子は、栞にとって『姉』というより『知り合いのお姉さん』に近い存在だった。
父が再婚すると聞いたとき、栞は素敵なお姉さんができると楽しみにしていたが、現実は全く違っていた。
玄関のドアを開けると、リビングから母娘二人の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
ため息をつきながら、栞は母と姉の派手なパンプスの横に自分の靴を揃えて置くと、少し緊張しながらリビングのドアを開けた。
「ただいま」
「あら、おかえりなさい! 今日は遅かったのね」
「栞ちゃんお帰り!」
「ちょっと学校で用事があったから」
栞はそう言いながら、ちらっとダイニングテーブルを見た。
テーブルの上には、近所の寿司店の寿司桶が2つ並び、二人はすでに食事を始めているようだ。
「今日はお寿司にしたのよ。栞ちゃんの分もあるから、手を洗ってらっしゃい」
そう言って、弘子はキッチンへ栞の分の寿司桶を取りに行った。
栞はそれを横目に見ながら、洗面所で手洗いとうがいを済ませ、ダイニングに戻る。
椅子に腰かけると、目の前にいる華子が義理の妹を見つめながらにこやかに言った。
「栞ちゃんとご飯を食べるの、久しぶりね。もうすぐ受験でしょ? 調子はどう?」
栞は寿司を食べながら、その質問に答える。
「まあまあです」
「それは良かったわ! 明法大学が第一志望なんでしょう? 栞ちゃんは頭がいいから余裕ね!」
そこへ、母の弘子が口を挟んできて話題を変えた。
「それより、華子ちゃんは、明日はまた飲み会なの?」
「そうよ。サークルのね」
華子は緑山学院に通っているが、慶尚大学のサークルへ所属していた。
おそらく、慶尚大の学生と出会うことが目的なのだろう。
「慶尚大の素敵な男性は見つかった?」
弘子は、大学在学中に良い結婚相手を見つけるべきだと、常々華子に話している。
栞は寿司を口に運びながら、二人の会話を黙って聞いていた。
「うん、なんかね、今、二人からデートに誘われてるの」
「あら、二人も? すごいじゃない! 何学部の人?」
「法学部と経済学部かな?」
「あら……医学部の人はいないの?」
「それがなかなかねぇ。いたとしても、すでに彼女がいるし」
「お母さんは医学部の人がいいと思うわ。でもまあ、法学部と経済学部なら、法学部かしらねぇ? 法学部でも、司法試験を受ける人じゃないと駄目よ!」
「弁護士って今はあまり儲からないんじゃないの?」
「やり手の人は、儲かるわよ!」
「まあ、医学部の人を見つけるまでの繋ぎだから、どうでもいいけどね」
華子はそう言いながら、寿司を半分以上残して「ごちそうさま」と席を立った。
「あら、まだ残ってるわよ?」
「もういらない。最近太っちゃったから」
華子はそう答えると、ソファーに座ってテレビのチャンネルを変えた。
そして、栞に向かってこう言った。
「ねえ、栞ちゃん! たまには海外ドラマでも一緒に見ようよ! 受験勉強ばっかりじゃ息が詰まっちゃうでしょう?」
「今日は課題があるから…….」
「なんだー残念! そういえば、ファミレスのバイトにはまだ行ってるの?」
「うん」
「大学生になったら、もっと時給のいいバイトを紹介してあげる! 栞ちゃんはスタイルがいいから、高時給のバイトが山ほどあるわよ」
「大丈夫です……今のバイト先は、みんな良い人で働きやすいし」
栞は作り笑いを浮かべてそう答えると、残りの寿司を口に運んだ。
少しでも早く自分の部屋へ戻りたかった。
その後も、弘子と華子の男選びの話は延々と続いたが、栞はただ黙って二人の会話を聞いていた。
会話に参加せずに済んだおかげで、寿司を食べることに集中できた。
食事を終えた栞は、「ごちそうさま」と声をかける。
そして、コップと寿司桶をキッチンへ運んでから、お喋りに夢中の二人の横をすり抜け、静かに自室へ戻った。
コメント
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義母と義姉 大学は稼ぎの良い旦那さんを見つける為に行く所と勘違いしている様ですね💢 この環境では栞ちゃんは辛いね😢 早く合格して家を出ましょうね 辛い時は直也先生に相談して良い道を示して貰いましょうね^_^
毒母&毒姉の会話は聞いてるだけでぐったり(ヽ´ω`) 栞ちゃん、せっかくのお寿司🍣も食べる気失せるね😱 確かに、家に居ても息が詰まるわ😵 栞ちゃん、「逃げるが勝ち」よ👍⤴️⤴️
栞ちゃんのことを考えて再婚したけど、こんな義母なら、いーひんほうがええわぁ😭😭😭 お父さん‼️‼️‼️早く本性知ってーーーーッ😱💦💦💦