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二十日の夕方、守森神社の社務所脇は冷え込みが早かった。山から下りる風に、濡れた土の匂いが混じっている。ハヤが花の納品を終えて石段を下りようとしたとき、ドゥシャンが社務所の裏へ身を縮めるように座っているのが見えた。
膝を抱え、落ち葉をつま先で寄せている。いつもなら先にこちらへ手を振る人が、今日は顔を上げない。
昼すぎ、商店街で妙な噂が立った。旧放送小屋の資料に、避難路の詳細と山道の死角が書かれているらしい。白群リゾート側の担当者が、それを知っているような物言いをした。限られた人しか知らない内容だ。
誰が漏らしたのかと問い詰める前に、ドゥシャンが自分で白状した。
「悪気はなかったんだよ。役場の人に、すごい資料が見つかったって、ちょっと……」
その“ちょっと”で十分だった。
ハヤは社務所脇まで歩いて行き、数歩離れて立った。
「寒いですよ」
「うん」
「帰らないんですか」
「怒られる場所が多すぎて、どこへ帰ればいいか分かんなくなった」
答えがあまりにもそのままで、ハヤは少しだけ眉を寄せた。
「みんなに迷惑かけた」
ドゥシャンは石段の方を見たまま言う。
「神社の手伝いも、祭りの準備も、もう顔出さないほうがいいかなって思ってる」
山の木々がこすれ合う音がした。社務所の障子の向こうで、灯りが一つつく。
ハヤは返事の前に、紙袋から小さな包みを一つ取り出した。売れ残りの白い小花を短く束ねたもので、神前用に持って来た予備だった。
「これ、持っててください」
「え」
「すぐしおれるけど」
「慰めになってるのか、それ」
「分かりません。でも、手ぶらだと余計に考えそうなので」
ドゥシャンはおそるおそる受け取り、それを見て困ったように笑った。笑った顔が、逆にしょんぼりしている。
「怒ってますよ、私」
ハヤははっきり言った。
「はい」
「でも、いなくなられると困ります」
ドゥシャンがやっと顔を上げる。
「次は、しゃべる前に一緒に守ってください」
社務所の戸が開き、中からジョンナが出てきた。少し遅れてオブラスとノイシュタットも来る。誰も大げさなことは言わない。ただ、ドゥシャンの逃げ道を増やさないように、その場へ来た顔だった。
ノイシュタットが肩をすくめる。
「君の善意は、どうして毎回、短距離走で飛び出すんだろうね」
「すみません……」
「謝罪は一回でいい。その代わり、今後は口より足で返してくれ」
エルドウィンが後ろから現れ、社務所の壁にもたれて言った。
「明日、放送小屋のまわり確認に行く。人手いる」
ドゥシャンは白い小花の束を見下ろし、それから強くうなずいた。
「行く」
声はまだ少し沈んでいた。けれど、完全に消えてはいなかった。