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教室のカーテンは、昼なのに閉められていた。
完全に遮るわけじゃない。外の光が、薄く縁だけを照らす程度。
「見えない」じゃなくて、「見えても助けない」距離。
「立って」
命令は短い。
理由を聞く余地は最初からない。
遥は立つ。
足の裏が冷たい。靴を脱がされていたことに、今さら気づく。
「前と同じでいいから」
何が“前”なのか、説明はされない。
説明しないことで、記憶を直接引きずり出すやり方だった。
誰かが背後に回る。
触れる前に、気配だけでわかる。
その瞬間、遥の胸が勝手に縮こまった。
――違う、触られる前だ。
もっと前。
「されると分かった瞬間」が、一番痛い。
「嫌なら、嫌って言えば?」
笑いを含んだ声。
遥は喉を動かす。でも、音が出ない。
言えばどうなるかを、もう知っている。
言った映像が、言った音声が、どんなふうに使われたかも。
シャツの裾を掴まれる。
強くはない。ただ、逃げられない位置で固定される。
「震えてる」
それを指摘されるだけで、体が裏切り者になる。
怖いと思っていることを、勝手に暴露される。
指が、布越しに位置を確かめる。
触れているのは“体”なのに、削られているのは“自尊心”だった。
「ほら、前みたいな声」
耳元で囁かれる。
遥は首を振る。小さく。必死に。
「出さなくていいよ。あとで使うから」
その一言で、何かが切れた。
声を出さないように、遥は唇を噛む。
噛みすぎて、鉄の味がした。
それでも、身体は言うことを聞かない。
「……ごめん……」
誰に向けた謝罪か、自分でもわからない。
ただ、止めてほしくて。
でも、“止めて”とは言えなくて。
「いいね、それ」
その言葉で、謝罪が“素材”に変わる。
誰かがスマホを構える気配。
レンズが向けられなくても、向けられているのと同じだった。
遥の中で、何かが必死に抵抗している。
――これは自分じゃない。
――これは奪われているだけだ。
そう言い聞かせないと、全部が“自分のせい”になってしまう。
「まだ終わってないよ」
時間の感覚が、ぐちゃぐちゃになる。
長いのか短いのかも分からない。
ただ、「今」が永遠みたいに続く。
終わったあと、誰も「片づけろ」とは言わなかった。
遥が自分で整えるのを、待っていた。
床に落ちた視線の先で、靴が揃えられている。
用意周到で、優しい仕草。
それが一番、胸に刺さった。
「ちゃんと覚えててね」
何を、とは言われない。
でも遥は分かっている。
覚えていなきゃいけないのは、
抵抗しなかった自分と、
壊れきれなかった自分の両方だ。
教室を出たあと、廊下で吐き気が込み上げた。
でも吐かなかった。
吐いたら、“終わった”ことになってしまう気がしたから。
胸の奥が、ぎゅっと縮む。
息を吸うたびに、何かを吸い込んでしまう気がする。
――生きている。
それだけの事実が、どうしようもなく重かった。