世界が終わる瞬間の音は、驚くほど静かだった。
真白の胸を貫いた刃が、赤い花びらのように散る。血の色さえも、どこか現実のものではなく、まるで夢の残滓のように淡く光を放っていた。
アレクシスは、声にならない叫びを上げた。腕の中で崩れ落ちていく真白の身体は、信じられないほど軽かった。
「なんで……お前が、俺を――」
問いは、風の中に溶けた。答えを求める前に、真白は微笑んでいた。まるで、最初からその結末を知っていたかのように。
「……約束しただろう、アレクシス」
かすれる声が、耳元で震える。
「僕は、君を守るって」
その言葉に、アレクシスは喉の奥から嗚咽を漏らした。
「守るって……ふざけるな……! 俺のために死ぬなんて、そんな約束――いらねえよ!」
真白の血が、アレクシスの頬を伝う。温もりが、命そのものが、ゆっくりと消えていくのが分かった。
「君が……生きてくれるなら、それでいい」
真白は、微笑んだまま瞼を閉じた。
その瞬間、光が世界を包み込む。
崩壊する大地も、燃え尽きる空も、すべてが真白の光に飲み込まれていく。
――そして、静寂。
アレクシスが目を開けたとき、そこはもう戦場ではなかった。
白い霧が漂う場所。音も色もない、ただの「間(あわい)」だった。
「……真白?」
呼びかけに、応える声はない。
しかし、どこかで彼の名を呼ぶ声がした。遠く、でも確かに。
“アレクシス”
それは風ではなく、魂そのものが響かせる音だった。
彼は歩き出す。霧の中を、ただその声を頼りに。どれほどの時間が経ったのかもわからない。ただ一歩、また一歩。
やがて、霧の向こうに人影が見えた。
白い衣をまとい、光に包まれたその背中。
「……真白」
呼んだ瞬間、彼は振り返る。あのときと同じ微笑み。
「やっと……会えたね」
涙があふれた。怒りでも悲しみでもない。ただ、どうしようもない安堵だった。
アレクシスは駆け寄り、真白の手を握った。冷たくも温かくもない、けれど確かに「存在している」感触。
「俺、お前を追ってきた。何度も、何度でも」
「知ってるよ。僕も、君を待ってた」
二人の視線が重なる。
その瞬間、霧が晴れ、光が舞い上がる。
「……もう終わりにしよう。苦しみも、戦いも」
真白の声は、どこまでも優しかった。
アレクシスは首を振る。
「終わらせねえよ。だって……また見つける。何度でも、お前を」
真白の瞳が揺れた。
「輪廻があるなら、記憶なんて失ってもいい。魂が覚えてるなら、それで十分だろ?」
「……本当に、君は変わらないね」
微笑んだ真白の頬に、光が滲む。
世界が再び形を取り戻していく。花の咲く丘、遠くで流れる水音。
真白の身体が透け始めた。
「……行くんだね」
「うん。でも、きっとまた会える」
アレクシスは、震える指先でその頬に触れた。
「そのときは――もう離さない」
真白は、ただ静かに笑った。
光が二人を包み込み、やがて一つに溶けていく。
――魂が約束を覚えているのなら。
――何度でも、見つけるから。
その誓いだけが、永遠に残った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!