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午後のいちばん賑わう時間帯、保管庫前の小さな舞台には、例の札が立てられた。
告白実況中継。
ハヤはその文字を見るたび、どうしてこんなものが定着したのかと本気で思う。最初は無茶だった。途中で修羅場にもなった。それでも残ったのは、笑いながらも、誰かの本気をきちんと受け止める場所になったからだ。
司会台の横では、ドゥシャンが応募用紙を抱えてそわそわしている。
「今回はちゃんと確認したから! 名前も読み方も、関係者も!」
「前回も似たようなことを言っていました」
ジョンナが冷たく返す。
「今日は大丈夫。今日はもう、神様にも確認した」
「神様に人名の読みを聞くな」
会場が笑いに包まれる。
匿名希望の告白、夫婦のやり直し、長年言えなかった礼、仕入れ先への感謝。恋だけではなく、この催しにはいろいろな種類の「言えなかった」が集まる。司会役のノイシュタットが、珍しく節度を守った言葉でひとつずつ場へ流していく。
「次の方は、三年前に借りた傘を今も返せていないとのことです」
「恋ではないですね」
「しかし切実だ」
笑いが起き、傘の持ち主が前へ出て、会場が拍手した。その軽さのあとで、ドゥシャンの手に残った最後の用紙だけが、少し違う空気を持っていた。
白い紙に、短く一行。
今夜、ちゃんと名前を呼びます。
差出人欄は空白。
「誰これ」
エフチキアが小声で言う。
「匿名希望だろう」
ノイシュタットは平静を装った。
だが、ハヤはその横顔がいつもよりほんの少し固いことに気づいた。
観客は大盛り上がりだった。
「誰だろう」「今夜っていつ」「ここでじゃないの」と勝手な囁きが飛ぶ。ドゥシャンは読み上げるか迷って、結局その一文だけをそのまま声にした。
『今夜、ちゃんと名前を呼びます』
一瞬、会場が静かになる。
そのあと、場違いなくらい大きな拍手と冷やかしの口笛が起きた。
ハヤは胸の前で、配布残りの名札を抱き直した。落ち着かない。心当たりがないと言えば嘘になる。ないわけがない。
ノイシュタットは観客に向かって肩をすくめ、いつもの調子を作る。
「続報は、夜の空気におまかせしましょう」
笑いが起き、催しは次の語りへ移った。だがハヤの耳には、そのあとの言葉が半分ほどしか入ってこなかった。
名前を呼ぶ。
その言い方が、まっすぐだった。
名を呼ばれることは、怖い。
けれど、今は少しだけ、それを待っている自分もいる。
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