テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
屋上の冷たい風が、遥の震える身体を容赦なく叩きつける。
彼は背中を壁に預け、膝を抱え込むように縮こまっていた。
目は虚ろで、まるでその場にいないかのように遠くを見つめている。
日下部の足音が近づく。
無言のまま、彼は遥の隣に腰を下ろす。
顔には、あの腫れた痣が痛々しく残っているが、どこか覚悟を決めたような強さが滲んでいた。
静かな時間が流れる。
言葉はない。互いの呼吸だけが屋上の空間を満たしていく。
遥の胸の中では、感情が激しく嵐を巻き起こしていた。
――また近づいてくる。
――また誰かを“守ろう”としている。
――でも俺は、壊す側だ。
――俺に触れられた者はみんな傷つく。
――日下部だって、もうすぐ壊れてしまう。
その恐怖が、怒りと自己嫌悪に変わり、胸を締め付ける。
(……なんでだ。なんでおまえは、そんなに簡単に俺を見ていられるんだ?)
(おまえは、まだ壊れていない? それとも、もう壊れてるのか?)
遥は震える手で自分の腕を掴みしめ、痛みで意識をつなぎとめようとする。
その瞬間、日下部が小さく息を吐いた。
「……逃げてんのか?」
声は低く、しかしどこか温かみがあった。
遥は顔を上げられない。
言葉を飲み込み、ただ腕の痛みに身をゆだねる。
「逃げてるのは、おまえだけじゃねぇ」
日下部の声が震え、手のひらが壁を握り締めるのが見えた。
「俺も、変わった。いろんなものが壊れた。でも、今は──おまえだけは見捨てられねぇ」
その言葉はまるで毒を含んでいるようで、遥の胸にずしりと重くのしかかる。
「おまえが壊れてるって信じてるやつらは、間違ってる。おまえが“壊す”んじゃない。壊れてるのは、壊れさせてるのは――」
日下部はそこで言葉を切った。
無理に力強く言い切ろうとする声は、逆に儚げに響いた。
「俺たちは……そうじゃない」
言葉にできない何かが、二人の間に沈黙として積み重なる。
遥の胸の中では、憎しみと情愛、罪悪感と救いが混沌として絡み合い、ぐちゃぐちゃに崩れそうになる。
「おまえの中にある“汚れ”も、“壊れ”も、俺が全部受け止める」
日下部の指先が、遥の肩をそっと掠めた。
その瞬間、遥の体が強ばり、震えが止まらなくなる。
(触れるな……おまえまで壊す)
身体の芯に凍りつく恐怖と、心の隙間に差し込む光の混在。
そのまま二人は、言葉にできない叫びを抱えたまま、屋上の冷たい空気に溶けていった。