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椅子に座ってから、相談者はしばらく黙っていた。
考えている、というより、言葉が定まらない感じだった。
「……間違ってはいないと思うんです」
遥は、すぐには返さない。
机の上のメモにも触れず、ただ待つ。
「進路とか、今やってることとか。
ちゃんと考えて決めました。
逃げたわけでも、流されたつもりもないです」
一呼吸置いて、相談者は続ける。
「でも……決めたあと、何も残らないんです。
嬉しいとか、納得とか、
そういうのが、全然来なくて」
遥は視線を上げる。
「“正解”を選んだ感じはある?」
「あります。
失敗しにくいし、周りも納得するし。
たぶん、評価としては間違ってないです」
「……でも?」
相談者は小さく笑った。
「自分で選んだ感覚が、薄いです」
その言葉は、静かだった。
「決めたのは自分なんです。
最終的に選択したのも、自分。
なのに……誰かの人生を代わりに進めてるみたいで」
遥は、すぐに解釈しない。
「それ、どんなときに一番強く思う?」
「周りに『自分で決めたんでしょ』って言われたときです。
うなずけるけど、
同時に、どこか嘘みたいで」
「嘘、って?」
「……“俺が選びたいと思って選んだ”って感覚がない。
嫌われない選択、
問題が起きない選択、
そういうのを、先に考えてただけで」
少し間が空く。
「好きとか、やりたいとか、
そういうのを考える前に、
選択が終わってた気がします」
遥は、ゆっくり言う。
「それってさ。
“考えてない”んじゃなくて、
考えすぎて、削った結果じゃない?」
相談者は、少しだけ目を伏せた。
「……そうかもしれません。
感情を、後回しにしてきました」
「後回しにすると、
消えたように見えるけど、
実際は、置き去りになってるだけだ」
相談者は、何かを噛みしめるように黙る。
「今の道を、
間違いだって言いたいわけじゃないんですよ」
「うん」
「ただ……
このまま進んで、
“自分で選んだ”って言える日が来るのか、
それが分からなくて」
遥は、少しだけ姿勢を変えた。
「今は、
“選び直せ”って話じゃないと思う」
相談者が顔を上げる。
「たぶん、
“選んだ理由を、あとから拾い直す”段階だ」
「……拾い直す?」
「当時は、
安全とか、無難とか、
そういう理由しか使えなかったんだろ」
遥の声は、静かだった。
「でも今なら、
その選択の中に、
どんな感情が置き去りになったかは、
見にいける」
相談者は、すぐには答えない。
「それが見つかったら?」
「そしたら、
今の道の“使い方”が変わるか、
次に選ぶときの基準が変わる」
一拍。
「自分で決める感覚って、
最初から完成してるもんじゃない」
相談者は、ゆっくり息を吐いた。
「……まだ、取り戻せますか」
遥は、即答しない。
「少なくとも、
“ないまま進み続けるしかない”って状態ではない」
それだけ言って、視線を戻した。
相談者は、少しだけ肩の力を抜いた。