テラーノベル
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33
屋敷に戻っても、誰も儀式の話をしなかった。
沈黙が、祝福の結果を確定させている。
食卓にはいつも通り料理が並ぶ。だが、空気だけが違った。
父はアルトの向かいに座る。レオンの席は、端だ。
「騎士団から早速打診が来ている」
父が言う。
「剣聖候補ともなれば当然だ。王都の学院も特待で迎えるだろう」
アルトは短く頷く。
「父上の期待に応えます」
その言葉に、満足げな沈黙が落ちる。
レオンは水を飲む。
誰も、彼に話を振らない。
やがて母が、視線を上げずに言った。
「……レオンは、どうするの」
どうする。
まるで選択肢があるかのように。
「祝福が確認されなかった以上、戦闘科は無理だ」
父が切り捨てる。
「補助科か、事務科か。家の名を汚さぬ程度に身の丈を知れ」
家の名。
その言葉だけが重い。
レオンは答えない。
答えたところで、意味はない。
父は続ける。
「無祝福など、前例がない。何かの誤りかもしれん。だが結果は結果だ」
誤り。
つまり、存在が誤差だと言われている。
アルトが、そこで初めて口を開いた。
「父上」
静かな声。
「……レオンは努力家です。祝福がなくても、別の道はあるはずです」
擁護。
だがその言葉は、刃でもある。
祝福がなくても。
つまり、ないことを前提にしている。
父は眉を寄せた。
「努力は前提だ。祝福は結果だ。順序を違えるな」
アルトは黙る。
食事が終わる。
レオンが立ち上がると、父の声が背に落ちた。
「恥をかかせるなよ」
同じ言葉。
だが今度は、警告だった。
部屋へ戻る廊下。
足音が二つ重なる。
「レオン」
振り返ると、アルトが立っていた。
同じ顔。
だが、違う立場。
「……気にするな、とは言えない」
正直すぎる言葉。
「でも、俺はお前を軽んじたりしない」
善意。
まっすぐな。
それが、いちばん痛い。
「俺とお前は双子だ。結果が違っても、それは変わらない」
レオンは、少しだけ笑った。
「変わらない?」
「ああ」
「今日、変わったよ」
静かに言う。
「兄上は“期待される側”になった。俺は“説明が必要な側”だ」
アルトの目が揺れる。
「そんなこと――」
「あるよ」
初めて、声に温度が乗る。
「食卓の席も、父上の目も、母上の沈黙も。全部、もう違う」
アルトは何も言えない。
彼は悪くない。
それが分かっているから、余計に逃げ場がない。
「……何か、力がある気がしないか」
アルトがぽつりと漏らす。
「水晶に触れたとき」
レオンは一瞬だけ手の甲を見る。
違和感。
確かにあった。
だが、口には出さない。
「ないよ」
嘘だった。
だが、今それを言えば、“言い訳”になる。
アルトはしばらく見つめ、やがて小さく息を吐く。
「……困ったら言え」
その背中が遠ざかる。
レオンは廊下に一人残る。
双子。
同じ日に生まれた。
だが今日、はっきりと線が引かれた。
光と、空白。
部屋に戻り、鏡を見る。
兄と同じ顔。
だが、価値は違う。
拳を握る。
悔しさよりも先に浮かんだのは、
空虚だった。
祝福がないということは、夢がないということではない。
だが――
この家で、無祝福は“余剰”だ。
その夜、レオンは初めて思った。
ここに自分の居場所は、ないのかもしれないと。
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