テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
1件
まじかぁ😔浮気していたんだね。それを知ってしまったら今までのようには付き合いないよね😢
五才年上の恋人の名は多田将司という。彼と付き合い出してから、そろそろ一年がたとうとしている。
就職して四年目となったこの春に私は総務課へと異動したが、それ以前に所属していた営業部で二年ほど、彼の事務補助をしていた。一緒に仕事をするうちに徐々に彼に惹かれて行ったが、ある日、告白を受けた。彼の気持ちをすんなりと受け入れ、交際をスタートさせて初めてのデートの時、私は彼に、今まで男の人と付き合ったことがないことを打ち明けた。
やや驚いた顔を見せはしたが、彼は私を安心させるように笑った。
「それなら、ゆっくりと付き合ってお互いを知って行こう」
昼のデートを何度も重ねた。次第に夜に会うことも増えていった。彼と肌を合わせることになったのは、至極自然の流れだった。
将司は優しい人だった。一緒にいて楽しかった。私を大事に思ってくれていることも分かっていた。だから、穏やかで幸せなこの時間はこれからもずっと続くに違いないと思い、近い将来彼と結婚することになるだろうと、自分の元に訪れるはずの幸せな未来を思い描いていた。
しかし私の甘い夢は終わる。
私はその午後、備品や消耗品の在庫確認のため、倉庫にいた。半地下になっているここは、上の方に明かり取り用の窓があって、今日のように晴れている日には照明なしでも周りの様子がよく見える。
「注文しなきゃならない物は、そんなにないみたいね」
クリップボードに挟んだ一覧表に目を落として確認し、それから棚の整頓状況を見て回った。物が乱雑に置かれている棚が多い。
「これはみんなで少し片づけた方がいいかも」
上司に報告しておこうと思いながら、私は出入り口に足を向けようとした。
人が入ってきたのはその時だ。棚の隙間から将司の姿が見えた。今私がいる場所と対角線上にある柱と棚の陰に消える。
飛び出して行って彼に声をかけようとしたが、すぐに足を止めた。その後またすぐに扉が開いて、誰かが入って来たのだ。
ばたんと扉が閉まった後、密やかな女性の声が聞こえた。
「……多田さん?」
それに対して将司の声が小さく答える。
「こっち」
女性は将司の声が聞こえた方に歩いて行った。
その先から会話がもれ聞こえて来る。私は息を殺して耳に全神経を集中させた。
「今夜、会えませんか?会いたいんです」
「幸恵さん、いや、鈴木さん。俺はもうプライベートな形では会わないって言ったはずだ。それなのに、最後にもう一度だけ会って話をしたら諦めるからと言って、ここに呼び出したのは君だよね。だから来ただけだよ。もういいだろう。戻るよ」
聞き覚えのある名前だった。恐らく、私の異動と入れ違いに営業部に配属された派遣スタッフだ。年は私より二歳年上だったと思う。ごくりと生唾を飲む私の耳に、女性の震え声が聞こえてきた。
「待って、お願い。多田さんのことが好きなの。大原さんと別れてください」
ヒールの音と思われる固い音が一つ、静かに響いた。
「それはできない。俺のことは諦めてくれ」
「いやよ。だって、私のこと、あんなにも抱いてくれたのに……。ひどすぎるわ」
「あれは、君が誘ってきたから、つい……。魔が差したんだ。それに君だって、元々は遊びだったじゃないか」
「最初はそうだったけど……。でも、本当に好きになってしまったんです。それに、あの後も何度か多田さんの方から誘って来たじゃない。私のことが好きだからでしょ?」
「それは……。本当に申し訳ないと思ってる。だけど俺は君を選べない。これ以上、彼女を裏切り続けることはできないし、もうしないって決めたんだ。だから、仕事以外の話で君と二人きりで会うことは二度とない。君も俺のことは早く忘れて、君だけを本当に好きになってくれる人を探した方がいい。――もう行くよ。君も早く仕事に戻って」
「待って……っ」
切羽詰まった声がしたと思った次の瞬間、布と布とがこすれ合うような音がした。さらに続いて聞こえてきたのは、リップ音とくぐもったような声。
何、してるの……。
全身ががくがくと震え出した。それを抑え込もうとして、私は両手で自分の体をぎゅっと抱き締めた。
「やめてくれっ」
ぱしっと何かを払いのけるような音がして、その後に将司の固く冷たい声が続く。
「戻るよ」
倉庫の扉が鈍い開閉音を響かせた。
幸恵は恨みがましい声でつぶやく。
「好きなのに……」
胸が苦しくて仕方がない。早く出て行ってと祈るような思いでいると、カツンカツンとゆっくりとヒールの音が鈍く響いた。
彼女が出て行き、倉庫にしんとした静けさが戻った。
私は肩で息をつき、崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
恋人の裏切りを信じられない、信じたくないと頭が混乱する。しかし、今の会話から状況を冷静に理解している自分もいた。とにかくまずは気持ちを落ち着かせなければと、棚につかまりながらよろよろと立ち上がり、壁に背を預けて深呼吸を繰り返した。スカートのポケットを探ってスマホを取り出す。
『今夜は会える?』
私は冷えた指で将司宛にメッセージを打った。