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チャイムが鳴った瞬間、教室の空気がざらついた。誰かがぽつりと「じゃあ、今日もやるか」と言うと、全員の視線が一斉に俺に突き刺さる。
逃げ場は、最初からない。
「ルール簡単。遥が捕まったら、全員で好きにしていい」
笑い混じりの声が響くと、机や椅子が乱暴に動かされ、廊下のドアが開け放たれた。
俺は立ち上がる前から心臓が暴れて、足が重くなる。
それでも、合図と同時に走り出すしかなかった。
廊下の角を曲がった瞬間、背中に何か硬いものがぶつかる。
誰かが投げたバスケットボールだ。
よろめいたところを腕を掴まれ、引き倒されるが、必死にすり抜けて階段へ。
階段下では別の連中が待ち伏せしていて、モップの柄を横に突き出し進路を塞ぐ。
「ほら、こっちだよ」と追い込むように笑う声。
教室、廊下、階段、昇降口——すべてが包囲網になっていた。
捕まれば、背中や脇腹を拳で突かれ、足を払われ、耳元で「お前ほんと邪魔なだけだな」と吐き捨てられる。
ただ逃げるだけじゃない。
わざと狭い場所に追い詰めては引きずり出す。
逃げ切れないことを理解させたうえで、再び走らせる。
それを何度も、何度も繰り返す。
息は荒く、肺が焼けるように痛い。
膝も腕も打撲で痺れているのに、動きを止めると一斉に手が伸び、殴り、押し、蹴る。
周囲の笑い声は、汗や埃の匂いに混じって、どこまでも追いかけてくる。
最終的に捕まったとき、俺はもう立つ力もなかった。
見下ろす全員の顔には、同じ色の愉悦が浮かんでいる。
逃げ場のない校舎全体が、俺を壊すための遊び場になっていた。
捕まった瞬間、俺の両腕は後ろにねじ上げられ、逃げる余地を奪われた。
誰かが背中を押し、別の誰かが足を蹴り、俺は床に膝をつく。
「動くなよ。まだ始まってないから」
その声に従うしかない。従わなければ、もっと痛いことになるのはわかっていた。
机の上にあった縄跳びが持ち出され、手首と足首が乱暴に縛られる。
引きずられるまま廊下の端へ運ばれ、壁にもたされる。
「ほら、動物園の檻みたいだな」
笑いが広がる。廊下の通行人さえも、その光景を避けない。むしろ、立ち止まって見物する者までいる。
体育倉庫から持ってこられたバスケットボールが、至近距離から何度も腹に叩き込まれる。
呼吸が乱れ、「っ……!」と声が漏れるたびに、さらに一発。
金属バットの先で足元を軽く突かれ、「次はこれで本気出す?」と脅される。
冗談に聞こえない。
後ろからは、水の入ったバケツが運ばれ、頭から勢いよくかけられた。
冷たさで息を呑む間もなく、「まだ汚れ落ちてないぞ」と、靴底で頬を押される。
押されるたび、後頭部が壁にぶつかり、鈍い衝撃が骨を通って響く。
空気は完全に固まっている。
誰か一人でもやめようとする奴はいない。
逆に、何もしなければ自分が標的になると知っているから、全員が「加害」に参加してくる。
殴る者、蹴る者、罵倒を浴びせる者。
それぞれの方法で、この場に自分の居場所を刻み込もうとしている。
「なあ、もう壊れてるんじゃね?」
その一言で、全員の笑いが重なった。
俺は何も返せない。返した瞬間、さらに壊されると知っているから。