テラーノベル
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放課後の相談室は、窓が半分だけ開いていた。
冷たい空気が入り込み、カーテンがわずかに揺れる。
椅子に座った相談者は、机の木目を見たまま口を開いた。
「……優しい人と、都合のいい人って、何が違うんですか」
日下部はすぐに返事をしなかった。
ノートの端を指で押さえ、少しだけ視線を上げる。
「どっち、って言われること多い?」
「……はい」
「どっちだと思ってる」
相談者は少し考える。
「優しいって言われます」
「自分では」
「……分かんないです」
正直な声だった。
日下部は椅子の背にもたれた。
「頼まれごと、断るか」
「ほぼ断らないです」
「嫌でも」
「……はい」
「で、終わったあと」
少し間を置く。
「疲れる?」
相談者は小さく頷く。
「じゃあ優しいってより、削ってる」
言い切り方は淡々としていた。
相談者は苦笑する。
「やっぱそうなんですか」
「その場は助かるからな」
日下部は窓の方を見る。
「頼んだ側は、助けられた記憶だけ残る」
「……」
「頼まれた側は、削れた分だけ残る」
沈黙。
相談者は指先を組む。
「でも、断ったら」
「うん」
「関係悪くなりません」
「なることもある」
あっさりした返答。
「だから断らないのか」
「……はい」
日下部は少しだけ眉を寄せる。
「都合のいい人ってさ」
ゆっくり言う。
「その場の関係を守るために、
自分の状態は守らない」
相談者は視線を上げる。
「優しい人は逆」
「逆?」
「関係が続く前提で、
自分も壊さない」
机の上に静けさが落ちる。
「……難しいですね」
「難しい」
日下部は頷いた。
「全部受けるのは簡単」
「簡単?」
「考えなくていいから」
相談者は少し笑う。
「確かに」
「でもな」
日下部は続ける。
「全部受けると、
相手は“それが普通”になる」
「普通」
「頼めばやる人、になる」
相談者は黙る。
「そうなると」
日下部はノートを閉じる。
「やらなかったときだけ、
印象に残る」
短い説明だったが、
理解は早かった。
「……あ」
「今まで100回やっても、
101回目に断ると、
断った記憶だけ残る」
相談者は深く息を吐く。
「それ、嫌ですね」
「だろ」
日下部は少し肩をすくめる。
「だから最初から、
全部はやらない方がいい」
「でも、急に変えたら」
「急に変えなくていい」
間。
「量を減らせばいい」
「量」
「全部やるか、ゼロか、じゃない」
視線が合う。
「少し残す」
「……」
「残せる人間は、
都合のいい人で終わらない」
相談者は考える。
「優しい人って」
「うん」
「ちゃんと残す人、ですか」
「そう」
日下部は頷く。
「自分の分を」
窓の外で部活の声が聞こえた。
相談室の中は静かだった。
「……やってみます」
「いきなり全部変えるな」
「はい」
「一個でいい」
相談者は立ち上がる。
「どれからにするか、
帰りながら考えます」
「それでいい」
ドアに手をかけてから、
相談者は振り返った。
「優しいって、
思ってたより大変ですね」
「だろ」
日下部は机に肘をついたまま言う。
「でも、削れ続けるよりは楽だ」
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